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#3 恋愛が夢の追求を邪魔してしまったら? – ヴェルディ「シチリアの晩鐘」

今回取り上げるのは、ヴェルディの「シチリアの晩鐘(ばんしょう)」です。別名で「シチリア島の夕べの祈り」と言われることもあります。
世界史を勉強している中学生、高校生の人たちは「シチリアの晩鐘」と聞いて「あれ!? 世界史で習ったあの事件?」と思うかもしれません。
その通りです。本作品の題材は、1282年にパレルモで島民によってフランス人が虐殺された、あの「シチリアの晩鐘」事件です。

ただこの作品がヴェルディのオペラとして制作されるまでに紆余曲折がありました。
というのは、元々の台本は「アルバ公爵」という名で、舞台は1573年のスペインによるフランドル占領を題材にしたものでした。これをオペラ化しようとしていたのは、他で紹介したあのモテ薬「愛の妙薬」を制作したドニゼッティでした。しかし、彼は未完成のまま制作を放棄していました。
このため台本はヴェルディに渡り、舞台を1282年のフランスによるシチリア占領に変更し、「シチリアの晩鐘」として転用されました。

ここで史実上の事件が起きた背景を振り返ってみましょう。

・シチリア王国は元々独立国(ホーエンシュタウフェン家)でしたが、ローマ教皇との対立から、教皇の支持を得たフランス王朝アンジュー家のシャルル・ダンジューがホーエンシュタウフェン家を滅亡させシチリア王国を征服しました。圧政による統治は、シチリア住民の間に不満を鬱積させました。
・1282年3月30日に、フランス兵の一団がパレルモでシチリア住民の女性に暴行したこと機に怒った住民が暴徒化しました。暴動はすぐさまシチリア全土に拡大し、4000人ものフランス系の住民が虐殺されました。事件の発生した3月30日は復活祭の翌日に当たる月曜であり、教会の前には大勢の市民が夕刻の祈りために集まっていました。彼らが暴動を開始したとき、祈りを告げる鐘が鳴ったことから「シチリアの晩鐘」事件と言われるようになりました。
・この事件をきっかけにフランス統治からの解放が進み、シチリア王国としてアラゴン(スペイン)の支配下に置かれることになります。

ヴェルディのオペラ「シチリアの晩鐘」は、こうした史実をプロットしつつ、愛国精神に溢れる登場人物たちの心理描写を巧みに絡み合わせた歴史系ラブ・ロマンスです。(史実の上に作り上げられたフィクションです)
なお、この作品は、フランス パリのオペラ座での上演を目的に制作されたため、バレエも含むグランドオペラ形式で上演時間は4時間を超える大作です。

それでは簡単なあらすじです。(後ろの括弧[1]は第1幕を意味します)

・舞台は1282年、シチリアのパレルモです。
・パレルモの広場ではフランス兵たちが祖国に思いを馳せ酒を飲んでいます。それを遠巻きに見るシチリアの人々は、復讐の日が来ることを待ち望んでいます。[1a]
・一人のフランス兵が、処刑された前シチリア公フレデリックの妹エレナに歌を歌うように命じます。エレナは歌でシチリアの民衆を煽り、フランス兵を襲わせようとします。[1b]
・しかし、総督モンフォルテが姿を現し、彼を恐れる民衆は逃げ去ります。そこに捕えられていたはずのアッリーゴが現れ、裁判で無罪になったことを告げます。アッリーゴはモンフォルテを非難しますが、当人が目の前にいることに驚きます。[1c]
・モンフォルテはアッリーゴだけを残し、彼の生い立ちを尋ねます。アッリーゴの父は行方不明で、母は10ヶ月前に亡くなったばかりだと答えます。モンフォルテは部下にならないかと誘いますが、アッリーゴはそれを断ります。モンフォルテはさらにエレナの館に近づかないよう警告し、エレナへの愛を捨てるよう仄めかします。アッリーゴは、エレナのためなら命を捨ててもいいと反発します。[1d]

・パレルモ近くの谷間では、プローチダが長い亡命生活の後で帰国するところでした。彼はエレナとアッリーゴを呼び出し、アラゴン王ピエトロ(=ペドロ3世)に助力を願ったものの、先にシチリアの民衆が蜂起するよう求められたことを告げます。彼らは、結婚式でシチリアの女にフランス兵が侮辱を加えれば、臆病な民衆も決起するだろうと考えます。プローチダはアッリーゴに協力を求め、準備のために去ります。[2a]
・アッリーゴは、公女であるエレナに身分違いの恋を打ち明け、エレナは兄の敵討ちが叶えば受け入れると答えます。[2b]
・そこにアッリーゴを舞踏会に招くモンフォルテからの使者がやってきます。アッリーゴが拒むと、使者は彼を捕えて強引に連れて行ってしまいます。[2c]
・プローチダの手筈で、シチリアの花嫁たちと若者がタランテラを踊ります。プローチダにそそのかされたフランス兵たちが娘を誘拐しますが、武器を持たない民衆は抵抗できず、それを見ているしかありませんでした。怒りの頂点に達した人々は、豪華な船で宮殿へと向かうフランス人たちに復讐を誓います。[2d]

・連行されたアッリーゴは、総督の宮殿に連れて行かれます。モンフォルテは、亡くなった妻からの手紙で、アッリーゴが自分から引き離された息子だと知って呼び寄せたのでした。連行されてきたアッリーゴにその手紙を読ませます。自身の父親がモンフォルテであったという衝撃の事実に、アッリーゴは激しく驚きます。父を愛する気持ちを必死で抑え、アッリーゴは立ち去ります。[3a]
・大広間では舞踏会が催されており、仮面をつけたエレナとプローチダたちが紛れ込んでいました。モンフォルテ暗殺の計画を知ったアッリーゴは、父に危険を告げますが、彼は動じません。[3b]
・シチリア人たちが短剣を抜き、エレナがモンフォルテを襲おうとした時、アッリーゴはとっさに身を盾にして総督を守ってしまいます。捕えられたシチリア人たちは、アッリーゴを裏切り者と非難します。[3c]

・アッリーゴは事情を説明するため、捕らわれの身であるエレナへ面会に訪れます。牢から出されたエレナはアッリーゴを激しく責めますが、アッリーゴから総督が父であること、エレナのためなら父との絆を断ち切っていいと考えていることを明かされ、徐々にアッリーゴを許し、彼への愛を取り戻します。[4a]
・アラゴンから救援の船が近づいていると報せに来たプローチダも、アッリーゴが総督の息子だと知り驚きます。モンフォルテが処刑の執行に訪れます。アッリーゴの嘆願に、モンフォルテは自分を父と呼ぶのであれば皆を助けてやろう、と答えます。エレナとプローチダは連行され、司祭たちの祈りの声が響きます。アッリーゴはついにモンフォルテを父と呼びます。[4b]
・総督はすぐさま処刑を中止し、全員を赦免します。さらにフランス人とシチリア人の融和のため、今日にもアッリーゴとエレナの結婚式を催すよう命じます。[4c]

・総督宮殿の庭園では、女たちがエレナの結婚を讃えています。花束を抱いたエレナが、皆に感謝を述べます。[5a]
・エレナとアッリーゴは結婚の喜びに浸ります。しかし、プローチダは敵が油断している今こそ反乱の時と、婚礼の晩鐘を合図にフランス人襲撃を決行すると告げます。[5b]
・驚いたエレナは、アッリーゴに結婚を取り止めて欲しいと言い出します。彼女の態度の急変にアッリーゴは彼女が裏切ったと詰めます。一方で、結婚式ができなければ襲撃ができないプローチダも彼女が裏切り者と避難します。[5c]
・しかし、モンフォルテの命令で、結婚式の合図の鐘が鳴らされてしまいます。鐘の音を合図に乱入したきたシチリア人たちによってモンフォルテは殺害されてしまいます。[5d]

第5幕まであり長いストーリーなのですが、全体の流れが把握できれば分かりやすい内容です。
ここで、公女エレナについて光を当ててみましょう。
彼女は、前シチリア公の妹であり、かつてのシチリア王国、民族としてのシチリア人の象徴的な存在です。彼女は、シチリア人たちに民族として誇りを持つよう鼓舞できるカリスマ性も持っていました。そのような中で出自の分からないアッリーゴを愛してしまいます。その後、結果的に彼に裏切られ投獄されますが、彼の不遇な境遇を理解して彼を許し、結婚の運びとなります。しかし最後にはシチリア人の蜂起により彼女の幸せは潰えました。
シチリア人による蜂起が成功したという意味では、当初の目的は達成していますが、彼女の胸の内を思いやるとやり切れない思いがしませんか?
アッリーゴは勢いしかないダメ男だったのでしょうか?
今で言うハイキャリアな女性が、勢いしかないダメ男を愛してはいけなかったのでしょうか?
結末だけを見て、彼女のやってきたことが全て愚かだったとは言えない気がするのですが、皆さんはどう思いますか?

以下に、エレナの移ろう心の機微を描いたアリア、重唱を記載しておきます。以下イタリア語の曲名でネット検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[1b] 「Coraggio, su, coraggio(勇気を出しなさい、勇敢な海の息子たち)」:シチリアの人たちを前に「勇気を出しなさい、勇敢な海の息子たち」と歌い始めます。エレナの鼓舞に対してシチリア人たちは心を動かされ大きな合唱となっていきます。
[2b] 「Presso alla tomba ch apresi(口を開いた墓を目の前にして)」: アッリーゴはエレナに、あなたを愛していて、命も捨てる気持ちだが身分が違うと告白します。それに対して、エレナは兄フレデリックの仇が打てたら、私はあなたと結婚しましょうと誓うところが歌われます。
[3c] 「Colpo orrendo, inaspettato! (恐ろしい予期せぬ衝撃!)」: モンフォルテ暗殺の邪魔をしたアッリーゴを裏切り者と非難するところから始まり、エレナのやり切れない胸の内が歌われます。
[4a] 「Arrigo! Ah, parli a un core(アッリーゴ!私の心は許そうと!)」: 裏切り者アッリーゴの面会にはじめは怒りを隠せなかったエレナですが、アッリーゴの境遇と彼女への想いを聞いて心変わりするさまを歌っています。
[5a] 「Mercè, dilette amiche(愛するお友達「ありがとう皆さん」)」:アッリーゴと結ばれることになったエレナの胸の高まり、喜びを歌うシチリアーナです。

以上になりますが、もし「シチリアの晩鐘」が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。

※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。

【参考文献】
『中世シチリア王国』高山博 講談社
『最新名曲解説全集 歌劇2』第19巻 永竹由幸ほか 音楽之友社
『作曲家別名曲解説ライブラリー ヴェルディ』(音楽之友社)
ヴェルディ: 歌劇「シチリアの晩鐘」(ザネッティ指揮、パルマ王立歌劇場管弦楽団・合唱団、キング・レコード)のブックレット
ヴェルディ: 序曲・前奏曲集(カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ドイツ・グラモフォン)のブックレット
ヴェルディ: オペラ前奏曲集(アバド指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ドイツ・グラモフォン)のブックレット
『新グローヴ オペラ事典』 白水社
『ラルース世界音楽事典』 福武書店刊
『オペラは手ごわい』岸純信 春秋社
『黄金の翼=ジュゼッぺヴェルディ』加藤浩子 東京書籍
『ヴェルディとワーグナー』 荒井秀直 東京書籍
『作曲家・人と作品 ヴェルディ』小畑恒夫 音楽之友社

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