今回取り上げるのは、フランス・オペラの中で、いや全オペラ作品中でも、断トツの人気を誇るビゼー作曲の『カルメン』です!
誰もが聞いたことのある曲が目白押し、そしてストーリーが衝撃的です!
ストーリーを1行にまとめると、「ママ大好きな優柔不断男が、情熱の女カルメンにホレて道を踏み外してしまった悲劇」です。
そうです、このオペラのタイトルである『カルメン』は、主人公の女性の名前なんです。
「ママ大好きな優柔不断男」は「ホセ」といいます。
自由奔放な生き方を貫くカルメンは、「情熱の女」の象徴であり、また世界共通の「ファム・ファタル(宿命の女性)」の代名詞ともなっています。「ファム・ファタル(宿命の女性)」とは、男性の運命を変える女性、男性を破滅させる女性、という意味です。
内容が気になりますね。
もう少しあらすじが分かるよう補足説明をします。
・ホセには、離れたところで暮らすママ(母親)がいて、「ミカエラ」という可憐な彼女もいます。ミカエラはママ公認の彼女で、ママからもミカエラと結婚しなさい、と言われホセもまんざらではありませんでした。
・一方、カルメンはタバコ工場で働く、ロマという定住地を持たない移動型民族の女性です。
その美貌に加え、気風がよく凄味があって、人を人と思わずあしらえる冷酷さを持った、恋愛百戦錬磨の女性です。情熱的な歌を歌ったり、答えたくない質問にはオシャレな鼻歌で返したり、妖艶な踊りで色仕掛けしたり、私にかかって落ちない男はいないと思っています。
・ホセはカルメンが働くタバコ工場近くで、衛兵の伍長をしていました。ホセ以外は皆カルメンに興味津々でしたが、ホセは当然のことながらママやミカエラのことを考えていてカルメンには関心を示しませんでした。
カルメンはそれに気づきました。そして、ホセをロックオンしてしまいました!
ホセの人生はそこから狂い始めます、、・ホセには「スニガ」という上司がいたり、カルメンに思いを寄せるライバルの「エスカミーリョ」という名の闘牛士もいます。カルメンと関わったホセは犯罪者となり、密輸組織に関わることになってしまいます。どんどん転落していきます。純粋で可憐なミカエラは、最後までホセを取り戻そうと必死に奮闘します。
さあ、ホセ、カルメンはどうなる?というストーリーです。
このオペラは、プロスペル・メリメの小説『カルメン』(1845年)が原作となりますが、ビゼー作曲のオペラ『カルメン』が有名になるまで小説はあまり知られていませんでした。
また、内容があまりにも衝撃的過ぎたため、初演では多くの聴衆が途中で帰宅してしまったと言われています。初演されたパリのオペラ・コミック座は、当時パリのオペラ座に次ぐ2番手の劇場でしたが、そこはお上品な若者カップルがデートに使う場所でした。甘酸っぱい純愛ドラマを期待して訪れたカップルには刺激が強過ぎたようです。
しかし、その後すぐに、耳に残りやすいメロディーやスペイン風のエキゾティックな音楽性、個性的な登場人物によって、魔法のように多くの聴衆を惹きつけるようになります。
全編素晴らしい音楽で彩られる本作品は、作曲家ビゼーのまさに「白鳥の歌」となりました。
「白鳥の歌(英語: swan song)」とは、人が亡くなる直前に人生で最高の作品を残すこと、またその作品を表す言葉です。ヨーロッパの伝承で、白鳥は死ぬ時に美しい声で鳴くと言われており、「白鳥の歌」とはつまり「瀕死の白鳥の歌」であり、人が亡くなる直前に人生で最高の作品を残すことの例えとして使われます。
どうでしょう、オペラ『カルメン』に興味を持っていただけたでしょうか?
ではあらすじを見ていきましょう。(後ろの括弧[1]は第1幕を意味します)
・舞台は1820年頃、スペインのセビリャという設定です。
・兵士でごった返す広場。村の娘が伍長のホセを探しているが、見つかりません。入れ違いに現れたホセはその娘がミカエラだと気づきます。[1a]
・一方、セビリャに来てまもないスニガ隊長は、タバコ工場で何百人もの女性が働いていることを知ります。休憩の鐘が鳴り、女たちが騒々しく出てきます。カルメンが現れ、自分の野性的な愛を歌い、ホセに花を投げつけます。[1b]
・ホセと再会したミカエラは彼の母親からの手紙を届けますが、それはミカエラを花嫁にという内容でした。[1c]
・突然、工場で喧嘩が起こり、カルメンが責められて捕らえられます。縛られた彼女はホセを誘惑し、密会を約束して縄を緩めてもらい、隙をついてホセを突き飛ばして逃走します。[1d]・2カ月後、カルメンは酒場で将校たちを接待している時、自分を逃がして刑に服したホセが釈放されたことを知ります。[2a]
・闘牛士のエスカミーリョがやってきて、勇ましさを自慢します。彼はカルメンを口説こうとしますが、カルメンは拒絶します。酒場が空いてくると、密輸団が国境備隊の目をそらすために協力を求めますが、カルメンは恋をしていると言って断ります。[2b]
・ホセが現れ、カルメンは彼のために踊ります。兵舎に呼び戻すラッパの音が聞こえ、ホセが帰ろうとすると、カルメンは怒りだします。ホセはカルメンがあのとき投げた花を見せて愛を打ち明けます。[2c]
・スニガが戻ってきてカルメンに言い寄りますが、逆に密輸団に締め上げられます。上司のスニガに逆らったホセは、密輸団に加わることになります。[2d]・密輸団の隠れ家で、カルメンはホセに愛想を尽かしつつあります。ロマの娘たちはカードで運勢を占っていると、カルメンのカードはカルメンとホセの死を予言します。[3a]
・ホセを探してミカエラが隠れ家にやってきます。[3b]
・そこにエスカミーリョが現れ、カルメンに会いに来たと告げるので、ホセは彼に決闘を挑みます。初めこそエスカミーリョは優勢でしたが、転倒して負けそうになり、カルメンに命を救われます。エスカミーリョは、次の闘牛にカルメンと一同を招待します。[3c]
・ホセは激怒しますが、ミカエラから母の危篤を聞かされ、カルメンとの再会を誓いつつもその場を立ち去ります。[3d]・闘牛場の外では、カルメンを連れたエスカミーリョを子供たちが迎えています。カルメンの友人たちが、ホセが来ていると告げます。[4a]
・ホセはカルメンに改めて愛を告白し、自分のもとに戻ってくるよう嘆願します。カルメンは彼を拒絶し、「自分は生まれながらにして自由である」と言い放ちます。とうとうホセは彼女を刺してしまいます。闘牛が終わって現れた一同の前で、ホセは「愛するカルメン」を殺してしまったことを涙ながらに告白します。[4b]
本作のあらすじ、背景を知った上で、代表的なアリアや重唱を聞いてみると、曲の印象も変わるかもしれません。
単独で演奏されることの多い前奏曲は、心踊るほど楽しく、おそらく誰もが耳にしたことのあるほどに有名です。また、第1幕のカルメンの「ハバネラ」、第2幕のホセの「花の歌」、エスカミーリョの「闘牛士の歌」、第3幕のミカエラの「何が出たって怖くないわ」など名曲揃いです。
以下フランス語の曲名でネット検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[0] 前奏曲:作品の内容を見事に表現している音楽で、まず華やかな「闘牛士の入場」のメロディ、その後軽快な「闘牛士の歌」のメロディ、そして曲は一転して悲劇的な「運命のテーマ」に変わり、不完全な形で終わります。
[1b] 「L’amour est un oiseau rebelle(ハバネラ:恋は野の鳥)」:カルメンの登場からカルメンの性格を強烈に印象付ける「ハバネラ」は、キューバのハバナ独特のリズムを用いた舞曲で、「恋は野の鳥」の名でも知られる有名なアリアです。カルメン歌手の最初の腕の見せどころで、凄みを効かせて歌ったり、色っぽく歌ったり、鼻歌風に歌ったりするものもありますが、カルメンはこの曲を歌って、自分に無関心だったホセを振り向かせようとします。
[1d] 「Près de la porte de Séville(セギディリャ:セビリャの城壁の近くに)」:カルメンは護送するホセに向かってホセを誘惑する「セギディリャ」を歌い始めます。セギディリャはスペインのアンダルシア地方の三拍子の舞曲で、ホセは次第に魅了されていき、最後には「カルメン、愛している!」と告白してしまいます。
[2b] 「Vorte toast… je peux vous le rendre(闘牛士の歌:諸君の乾杯を喜んで受けよう)」:「闘牛士の歌」として知られ、これは闘牛の様子を歌ったものです。花形闘牛士エスカミーリョの登場にふさわしいヒロイックで華やかな旋律が特徴です。
[2c] 「La fleur que tu m’avais jetée(花の歌:お前の投げたこの花を)」:カルメンはホセとの再会にあたり、逃がしてくれた御礼としてつたない踊りをお目にかけますと言い踊り出しますが、帰らなければならなかったホセが無下に応対したためカルメンが怒りを爆発させます。そこでホセは、胸に大事にしまってあったしおれた花を出し、「聞いてくれ、カルメン!」「カルメン、愛している!」と歌います。当然のことながらカルメンは冷めた目をして聴いているのが印象的です。
[3b] 「Je dis que rien ne m’épouvante(何が出たって怖くない)」:ホセを連れ戻しにきたミカエラが「勇気を授けてください」と決意を込めて歌うアリアです。ビゼーが自身の未完のオペラから転用したとも言われていますが、非常に抒情的な旋律のアリアです。
[4b] 「C’est toi? C’est mois(フィナーレ:あんたね?おれだ)」:闘牛場で、みじめな格好をしたホセが現れ、カルメンが「あんたね?」、ホセが「おれだ」から始まる最後のクライマックスの場面です。ホセはもう一度やり直そうと懇願しますが、すでにカルメンにその気はなく、指輪を投げ捨てられたホセは激昂してカルメンを刺し殺してしまいます。「おれの大事なカルメンを殺してしまった」と叫ぶ中、「運命のテーマ」のメロディがダメ押しのように響き渡ります。
カルメンは、男を次々に手玉にとる悪女であり、見方を変えれば自由奔放に生きる自立した女性と言えるかもしれません。ひとたび彼女のとりこになれば、家を捨て家庭を捨てて、転落の人生を歩むことになる魔性の女。
純粋なホセが、奔放な悪女カルメンに出会って、人生から転落する、ちょっと昔なら『カルメン』はそんな風に説明されていました。しかし、最近の演出では、カルメンは自分の欲望に素直な自立した女性であり、一方ホセはマザコンで優柔不断なダメ男として描かれることもあります。
オペラ作品の解釈が、それを受け止める人たちの生きる時代によって変わる一つの例かもしれません。
そもそもカルメンの身分、社会的地位、くらしぶりを考えると彼女に自由はあったのでしょうか?
登場人物の中で一番自由を制約されていたのはカルメンだったかもしれません。
もし『カルメン』が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。
※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。
【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック『フランス&ロシア・オペラ』 音楽之友社
オペラ対訳ライブラリー『カルメン』音楽之友社
『Opera オペラワンダーランド』ぴあ株式会社
『名作オペラに酔う!』音楽之友社
『「カルメン」メトロポリタン歌劇場 管弦楽団、合唱団、バレエ団 指揮:ヤニック・ネゼ=セガン 2010年1月16日公演 』DVDブックレット