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#18 人間は喜劇を笑うのか?悲劇を笑うのか? – レオンカヴァッロ「道化師」

今回は前回に続き、「ヴェリズモ(現実主義)オペラ」の代表格として知られるレオンカヴァッロの『道化師』を取り上げたいと思います。
ヴェリズモ・オペラについては、マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』回で触れていますのでよろしければこちらもご覧ください。

本作『道化師』も短編ながら人間の愛憎、嫉妬、そして「演じる者」の悲哀が凝縮された非常にドラマチックな物語です。
ちなみに、道化師というのは「滑稽な身振り手振りや芸当をして人を楽しませる芸人や役者」で、中世ヨーロッパでは宮廷で権力者に仕える宮廷道化師のような人もいました。本作品は、舞台で芝居をしながら各地を巡業する芝居一座の話で、主人公が道化師役だったことからそのようなタイトルになったと思われます。
あらすじを端的にまとめると、「嫉妬深い夫は妻の不貞を許せず、夫婦で出演する舞台で気持ちが昂ってしまって妻を殺してしまう」というストーリーです。
なんだかもう不穏な空気が流れています、、

足早に登場人物を紹介します。
・座長カニオ:孤児だったネッダを路上で拾い、育て愛してきた。劇中劇では「パリアッチョ(道化師)」を演じる。
・妻ネッダ:芝居一座にはもう嫌気が差している。劇中劇では「コロンビーナ」を演じる。
・座員トニオ(ネッダのことが好き):劇中劇では「タッデオ」を演じる。
・青年シルヴィオ(ネッダの浮気相手):村のイケメン青年

次に作品のあらすじを見ていきましょう。

・舞台は1860年代のイタリア南部、カラブリア州の村で、移動芝居一座がやってくる聖母被昇天の祝日から始まります。
・「プロローグ」として道化師のトニオが登場し、これから舞台で演じるのは真実の物語だと観客に説明します。[P]
・旅回りの一座が舞台の準備をしているところから第一幕が始まります。芝居一座の座長カニオは、自分の妻が劇中で演じる浮気の場面で客を笑わせようと意気込みますが、もし本当に裏切ったらただじゃおかないと周りに釘を刺しています。[1a]
・しかし、妻のネッダは、村のイケメン青年シルヴィオに思いを寄せておりそれを聞いて不安になります。[1b]
・座員トニオもネッダを慕っており、キスをしようと画策しますが彼女から反撃され逆に復讐を誓います。[1c]
・ネッダはシルヴィオとゆくゆく駆け落ちしたいと思っていました。トニオの知らせでカニオは逢い引きの現場に踏み込むと、ネッダがシルヴィオに「今夜からずっとあなたのものよ」と囁いているのを耳にしますが、シルヴィオは逃げてしまいます。[1d]
・ネッダは恋人の名を明かさず、カニオは、自分が劇で演じる嫉妬深い夫に、実生活でもなってしまったことを思い知ります。[1e]
第二幕では、カニオ一座の村芝居(劇中劇)が始まります。「コロンビーナ」(妻ネッダ)が恋人役を待っています。「タッデーオ」(座員トニオ)が最初に登場して、「コロンビーナ」に追い払われます。恋人役が現れると彼女は喜んで迎え、二人で駆け落ちの相談を始めます。[2a]
そこへ戻ってきた夫「パリアッチョ」(座長カニオ)は、「コロンビーナ」が恋人に「今夜からずっとあなたのものよ」と言うセリフを聞きます。これは先ほどネッダが現実の不倫現場で使っていた言葉と全く同じでした。[2b]
芝居と現実が錯綜し、混乱した「パリアッチョ」は「おれはもう道化じゃない」と叫んでネッダを刺します。彼女は死ぬ間際に恋人の名を呼び、カニオは飛んできた不倫相手のシルヴィオも殺してしまいます。[2c]
人々が騒然とするなか、トニオ(カニオの場合あり)は「喜劇は終わりです」と告げ終幕します。[2d]

本作品はストーリーの濃さに負けず劣らず、音楽も劇的で悲嘆や絶望に満ちたヴェリズモらしい名曲揃いです。
以下曲名でネット検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[b] 「”Si può? Si può?”(ごめん下さい、皆様がた!)」:幕が上がる前、トニオが観客の前に現れて歌います。「これから演じるのは、役者の作り話ではなく、血の通った人間の真実の物語だ」と宣言する、ヴェリズモの宣言書とも言える重要なバリトンの独唱です。
[b] 「”Hui! Stridono lassu, liberamente”(鳥の歌)」:カニオの妻ネッダが自由な鳥に憧れて歌うアリアです。重苦しい嫉妬の物語の中で、唯一、開放感と美しさを感じさせる瞬間です。
[b] 「”Vesti la giubba”(衣裳をつけろ)」:このオペラ最大の見どころ、聴きどころです。 妻の不倫を知り、心は引き裂かれそうなのに、これから始まる芝居のため観客を笑わせるために化粧をし、衣装を着なければならない道化師の悲しみをカニオが絶唱します。「笑え、道化師よ(Ridi, Pagliaccio!)」というフレーズは大変有名なフレーズの一つです。
[e] 「”No! Pagliaccio non son!”(もう道化師じゃない!)」:劇中でカニオは、孤児だったネッダを路上で拾ってやり、育て愛してきたのにこの裏切り者めと罵り、男の名前を言えとコロンビーナ役の妻ネッダに迫ります。観客は迫真の演技だ、と拍手喝采を送ります。続けて、大切にしていたにもかかわらず裏切られたことに対する怒りを噴出させ、「愛でなくとも感謝の気持ちぐらいは期待していた」とノスタルジックに語ります。

本作品は、劇中劇というフォーマットを使って「虚構と現実」が混濁していく演出となっており、今の時代に見ても非常にスリリングです。
また、悲劇の中、喜劇が始まり、そしてそれも悲劇になるというストーリー展開を劇中劇の観客を通じて捉えると、それぞれ自身の悲劇は誰かの喜劇、誰かの悲劇は自身にとって喜劇にもなりうるという、社会性を持った人間の奥底にある黒いものを垣間見ているような気持ちを抱いてしまう、との意見もあります。
皆さんはどう思われますか?
もし『道化師』が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。

※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。

【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック『イタリア・オペラ(上)』 音楽之友社
『Opera オペラワンダーランド』ぴあ株式会社
『道化師』 Wikipedia

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