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#19 あなたにとって守るべきものは何か? – ヴェルディ「アッティラ」

今回取り上げるヴェルディ作曲のオペラ『アッティラ』は、1846年に初演されたヴェルディにとって9作目のオペラです!
5世紀、ヨーロッパに侵攻して各国を震え上がらせた、トルコ・アジア系遊牧・騎馬民族でフン族の王アッティラが主人公です。
「フン族?、アッティラ?、、あまりピンとこないかも」と思われたかもしれません。
世界史で勉強する「ゲルマン民族の大移動(第一次ゲルマン民族大移動)」が起きたのは、フン族の西進が原因でした。
戦闘能力の高い騎馬部隊を有するフン族がとにかく強かった、、そしてその王が「アッティラ」で、実在した歴史上の人物です。

本作品が初演された19世紀半ばは、イタリアはまだオーストリア帝国の支配下にあり、独立の機運が高まっていた時代でした。
民族の解放という集団的なテーマと、主要登場人物たちの個人的な復讐の誓いが複雑に絡み合う本作品は、初演後すぐに聴衆のハートを掴み、人気のオペラ作品として迎えられました。
現在も、ヴェルディの「愛国オペラ」として世界中の劇場で上演されています。

ということで今回はオペラ作品の解説とともに、関連する世界史や美術等の話にも触れたいと思います。
まずどんなストーリーか300字程度にまとめてみます。

フン族の王アッティラに故郷を滅ぼされた女戦士オダベッラは、父の仇を討つため従順を装い、王から剣を授かります。彼女の生存を知った恋人フォレストは誤解から憤りますが、真意を知って和解します。
アッティラに密約を拒絶されたローマ軍総督のエツィオは、フォレストとともに密かにアッティラ毒殺を企てます。アッティラは神の警告を告げる夢に怯えつつも、オダベッラの忠告により毒殺から免れます。毒殺の危機を救ってくれたオダベッラをすっかり信頼し、彼女を王妃に迎えることを宣言します。
婚礼の朝、エツィオらの手引きでローマ軍の奇襲が開始します。混乱のなか、裏切りを責めるアッティラに対し、オダベッラはかつて授かった剣で彼の胸を突き刺し復讐を遂げます。

主な登場人物として以下を知っておけば十分です。
・フン族の王: アッティラ
・女戦士、アクレイア(イタリアの地名)の貴族の娘: オダベッラ
・ローマ軍総督:エツィオ
・アクレイアの騎士(オダベッラの恋人): フォレスト

シンプルな復讐劇と思われるかもしれませんが、ヴェルディは主要登場人物に対し、単一的なイデオロギーを当てはめるのではなく、愛情や情熱、苦悩、欲望といった人間らしさを多分に織り交ぜました。
王アッティラには圧倒的強者、権力者でありながら、孤独・悪夢に怯える弱い人間としての側面を持たせ、女戦士オダベッラには、祖国への愛や父の仇討ちという復讐心を抱えつつも、フォレストに対しては純粋かつ乙女な恋愛感情を持たせ、ローマ軍総督エツィオには、祖国を愛する有能な将軍でありつつも、現場を知らない年下の皇帝をワンチャン出し抜きたいと思っている、といった感じです。
それぞれの過程で、登場人物の揺れ動く心のさまと、ヴェルディの美しく、力強い音楽が見事に調和し、舞台全体があたかも鼓動するかように展開されていく、、そんな特徴を持つオペラが『アッティラ』です。

以下あらすじを見ていきましょう。

・時代は、5世紀の中頃。場所は、プロローグがアドリア海に面した古代ローマの都市アクイレイア(現在のイタリア国内)及びアドリア海の干潟の中の泥地(ヴェネツィア)、第一幕以降はローマ近郊。

プロローグ
・ローマ帝国に攻め込んだアッティラ率いるフン族の精鋭部隊は、アドリア海を望むアクイレイアを壊滅させるかたちで征服します。[Pa]
・アッティラの部下ウルディーノは、彼のもとにアクイレイア人の女戦士たちを連れていきます。アッティラはアクイレイア人を皆殺しにせよという指示に従わなかったことを咎めますが、ウルディーノは王への貢物であると答えます。女戦士の一人オダベッラは、「女が戦に参加するのは祖国への愛のため」と昂然として答え、これに感心したアッティラは何か望みのものを与えると言います。彼女は自分の剣を返して欲しいと答えると、アッティラは代わりに自分の剣を授けます。オダベッラはいつか殺された父の仇を果たそうと決意します。[Pb]
・オダベッラたちが去ったあと、アッティラは使者としてやってきたローマ軍総督エツィオを呼びつけます。やって来たエツィオは人々を退けてから、アッティラと二人だけで話し合い、密約を持ちかけます。もし、東西ローマが弱体化した際、アッティラが全ヨーロッパを支配する代わりに、イタリアを自分にくれるのなら、アッティラと手を結んでも良いという申し入れます。それを聞いたアッティラは裏切り行為だと怒り、「そのような堕落した考えが起こる国は滅亡して当然だ」と言い放ちます。拒否され憤然とするエツィオはその場から出て行きます。[Pc]
・場所が、アドリア海の干潟の中に浮かぶ泥地(ヴェネツィア)へと変わります。嵐の中、とある粗末な小屋に何人かの修行僧が神に祈りを捧げて暮らしています。嵐が止み、空が明るくなった時、フォレストと共にアクイレイアから逃げてきた人々の小舟が次々と到着します。フォレストは恋人のオダベッラの身を案じつつその苦悩を歌います。フォレストと人々は、祖国に勝利が訪れることを信じて共に誓います。[Pd]

第1幕
・プロローグから数週間が経ったある夜、アッティラの陣営に近い森の中でオダベッラは恋人フォレストと再会します。フォレストはオダベッラがアッティラの愛人(妾)になったと思い込み、怒りを露わにしますが、オダベッラはアッティラにわざと媚を売っているのは祖国と父の復讐の機会を狙っているためであると弁明します。フォレストの怒りは沈んで和解し、熱い抱擁に浸ります。[1a]
・ある晩に横たえていたアッティラは、夢の中で一人の老人から「お前が神の土地ローマに踏み入ることは許されない」と告げられ、底知れぬ恐怖を抱き飛び起きます。我に返ったアッティラは、気を取り直してローマを征服する決意を固めます。部下や神官たちを招集して出陣の命令を下しますが、白衣の老人レオーネを先頭に、女たちや子供らの民衆が平和を祈りながら行進しています。老人レオーネが、先に夢に出てきた老人と同じ言葉を口にするのを聞いたアッティラは恐れ慄いて戦意を喪失し、その場で跪きます。[1b]
・行列の中にいたフォレスト、レオーネとオダベッラたちはこの姿を目撃し、祖国の勝利を改めて確信します。[1c]

第2幕
・エツィオは自身の陣営にて、アッティラとの休戦協定を結んだローマ皇帝ヴァレンティニアンの撤収命令を読みつつ、不満と怒りを押さえつけられないでいました。[2a]
・そこに兵士らに導かれて入って来たアッティラの奴隷たちが、エツィオを招待したいというアッティラの伝言を持ってきます。使者の中に紛れていたフォレストは人目を偲んで、エツィオにアッティラへの復讐の計画を打ち明け、賛同を得ます。エツィオは復讐を決意します。[2b]
・華やかな前奏の後、祝宴の場でエツィオがウルディーノに導かれて登場し、丁重な歓迎を受けます。ドルイド教の神官らがアッティラに近づいて身の危険を警告します。しかしアッティラは平然な態度で気に止めません。[2c]
・その時突然の嵐で辺りが真っ暗になると、一同が慄いている隙にフォレストはオダベッラの手をとります。一方でエツィオはアッティラに同盟を提案するが再び拒否されます。[2d]
・ようやく嵐が去り、一面が明るくなると、アッティラは気を取り直して乾杯しようとします。その瞬間、オダベッラがその杯には毒が入っていると叫びます。激怒するアッティラの前にフォレストが出て来て、「自らがやったことだ」と告げます。フォレストの毅然とした態度に、アッティラは剣を振り下すことが出来ないでいました。オダベッラはアッティラに自分が代わりに裏切り者のフォレストを処罰したいと申し出ます。アッティラはオダベッラの勇気ある行動に喜び、彼女を王妃に迎えようと宣言します。[2e]

第3幕
・アッティラとオダベッラの婚礼の日の朝、オダベッラが再び裏切ったことに憤るフォレストはウルディーノと待ち合わせて、アッティラを襲撃しようと待機します。やがて式の最中に、婚礼の喜びの合唱が聞こえるや、フォレストの怒りは頂点に達します。そこにオダベッラが天幕から飛び出し、フォレストに対して必死に弁明しますが、フォレストは一向に信じようとしません。その背後に苛立つエツィオ。そこへ彼女を追ってきたアッティラは3人が一緒にいるのを見て、裏切り者と罵り激昂します。[3a]
・その背後(舞台裏)からローマ軍の鬨の声が聞こえ、今や復讐の時が来たと悟り、フォレストを先に越して、オダベッラはアッティラから授かった剣でアッティラを刺し殺して父の仇を取ります。不意を突かれたアッティラはその場で息絶えます。勝利の凱歌のうちに終幕となります。[3b]

以下曲名でネットを検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[Pb] 「”Allor che i forti corrono”(剛の者たちが獅子の如く剣のもとに駆けつけるとき)」:戦に敗れ、フン族の王アッティラの前に、同胞を守ろうと抵抗した娘たちが連れ出されます。アッティラは「戦に無縁な女どもに一体誰が勇気を吹き込んだのだ?」と訝しむと、女戦士オダベッラが立ち上がりアッティラに向かって、「神聖にして限りなき祖国愛を持った私たちイタリアの女は、胸に鉄の鎧をつけて、戦慄の大地で剣を握り戦います」と歌います。彼女の勇気に感心したアッティラは、何でも望みを叶えてやると言い彼女に剣を授ける、という話に繋がっていきます。
[Pc] 「”Tardo per gli anni, e tremulo”(貴殿は世界を、私はローマ(イタリア)を!)」:アッティラとローマ軍総督エツィオが密約交渉する場面での二重唱です。エツィオは抜け駆けして、アッティラと二人でいい思いをしようと画策します。自分にローマ(イタリア)をくれたらヨーロッパの残り(世界)はあなたが手にすれば良い、と交渉するのです。「Italia a me(イタリア ア メ)」という歌詞が繰り返されますが、イタリア語で「a」は英語で言う「to」、「me」は英語の「me(ミー)」ですので「Italia to me」つまり「イタリアは僕にちょうだい」と言っています。
この台詞は、大変露骨で直接的な愛国主義の宣言の一つであり、当時の聴衆に衝撃と共感をもたらしました。初演時には、このフレーズが歌い上げられるたびに、ヴェネツィアの観客は熱狂し、「Avanti Italia!」(進め、イタリア!)と叫び、劇場が政治集会のような熱気に包まれた、と言われています。
[Pd] 「”Cara patria”(なつかしい祖国)」:フン族の侵入から逃れてアドリア海の干潟の中の泥地(ヴェネツィアのこと)に辿り着いた、オダベッラの恋人フォレストが、隠修者やアクレイアの娘たちと「不死鳥の蘇り(不死鳥伝説)」を拠りどころに祖国の復活を祈り、勇気を奮い立たせて歌う場面です。
[1a] 「”Oh! nel fuggente nuvolo”(ああ、流れ行く雲の間に)」:アッティラへの復讐のため、アッティラの愛人となったオダベッラが一人、夜空を見上げながら亡き父やフォレストのことを想って歌うアリアです。オダベッラは、女戦士でありながらも、父を想う娘、そしてフォレストを愛する一人の女性でもあります。強く、気丈に振る舞う彼女が歌う甘く物悲しい旋律は、聴く者の涙腺を緩ませます。
[1c] 「”Spirti, fermate”(精霊たちよ、留まるのだ)」:以前アッティラを苦しめた悪夢が、再び老人レオーネにより面前で繰り返され、その超常的、神がかり的な現象を前にアッティラは怯み、神にひれ伏し(跪き)ます。それを様々な思いで見つめるウルディーノや兵士たち、レオーネ、オダベッラ、フォレストと娘たちの壮大なコンチェルタート(大合唱)が始まります。レオーネ、オダベッラ、フォレストと娘たちは、「ああ、永遠の神の素晴らしい力!ゴリアテは一人の牧人によって征服された。人間は、賤しい一人の娘によって救われたのだ!名もない人々によって信仰は拡がったのだ。謙虚な慈悲深い人々を前にして、異教徒の王は今、退くのだ!」と歌って第一幕を終えます。アッティラが王であるフン族はドルイド教、一方オダベッラたちのイタリア(西ローマ帝国)はキリスト教という設定で、同じ超常事象に立ち会っても宗教観の違いから受け止めかた(歌詞の内容)が異なるのが特徴です。
[2a] 「”Dagli immortali vertici”(永遠の美しい頂から)」:プロローグで、イタリアを僕にください、とアッティラに持ちかけ拒否られたエツィオですが、その後、自分より年下のローマ皇帝ヴァレンティニアン(西ローマ帝国皇帝ウァレンティニアヌス3世)に「フン族とは急戦して、さっさとローマに戻って来い!命令だ!」との指令を受けます。ローマ軍総督として長年前線で戦ってきた初老のエツィオは、戦の経験が乏しく現場を知らない若造(と言っても皇帝!)に指示される苛立ちと祖国を想う熱い気持ちの狭間で苦しみます。
[2e] 「”Oh, miei prodi!”(ああ、部下の者たちよ)」:アッティラの毒殺を事前に告げたオダベッラは、毒殺を企てたフォレストを自分に処罰させほしいと申し出ます。アッティラはこれを勇気ある行動と称賛、彼女を妻として迎え入れると宣言し、第二幕の終わりに向けた迫力あるコンチェルタート(大合唱)へと繋がっていきます。

以下、世界史、美術関連のちょっとした豆知識です。
[Pd]に「不死鳥伝説」のくだりがありますが、紀元前5世紀に歴史家ヘロドトスが執筆した「歴史」の中で彼がエジプトで聞いた伝説として触れています。鳥の大きさは鷲(わし)ほど、羽は赤色と金色、500年に一度死んだ父親の遺骸をアラビアからエジプトまで運ぶ聖鳥で、この話がローマに渡り、帝政ローマでは不死鳥伝説(不死鳥の蘇り)として広く語られるようになったと言われています。
[1a]の曲の歌詞に、「ゴリアテは一人の牧人によって征服された」とありますが、この「牧人」とはベツレヘムのエッサイの息子で羊飼いの少年ダビデのことです。ダビデは後にイスラエル・ユダ複合王国の王となります。
ルネサンス芸術の最高傑作の一つとも言われるミケランジェロの「ダビデ像」は、彼をモデルにしており、巨人ゴリアテに立ち向かう「戦う直前の静かな精神的緊張」を表現していると言われています。ダビデは多くの芸術家の格好の題材となり、ドナテッロの「ダビデ像」やカラヴァッジョの「ゴリアテの首を持つダビデ」などが知られています。
また、世界史の復習ですが、313年「ミラノ勅令」により、コンスタンティヌス帝はキリスト教を公認しました。392年にキリスト教はローマ帝国の国教となり、395年に西ローマ帝国と東ローマ帝国に分裂します。

冒頭で、アッティラは5世紀に実在した歴史上の人物ですと記載しましたが、史実とオペラのストーリーは異なります。ローマ軍総督エツィオは、ローマ軍近衛司令官「(フラウィウス・)アエティウス」という名前でした。また、アッティラの花嫁オダベッラは「イルディコ」という女性と言われています。
時系列で押さえると、447年にアッティラはフン族の軍勢を率いて南下します。
アッティラは東ローマ帝国を制圧すると、450年、西ゴート王国を攻撃することを宣言します。
451年、西ゴート王国と同盟を結んでいた西ローマ帝国は、ローマ軍近衛司令官のアエティウス指揮のもと、カタラウヌム(北フランス)の戦いでアッティラに勝利します。
しかし、翌年アッティラは体勢を整え、再び侵攻しミラノに迫ります。
この時もアエティウスがアッティラの軍隊と果敢に戦い、その進軍を食い止めます。
ローマ皇帝ウァレンティニアヌス3世の望みで、ローマ教皇レオ1世とともにアッティラと会見し、アッティラがイタリアから撤退して皇帝と和平を結ぶ約束をとりつけ、アッティラは撤退します。
その後453年に、アッティラは自身の結婚式で急死します。
妻イルディコが刺殺したとの説もありますが定かではありません。

アッティラの侵攻からローマ帝国を守り抜いたアエティウスは、この勝利によってローマ市民から多くの人望を集めるようになりました。
一方で、それを脅威に感じたローマ皇帝ウァレンティニアヌス3世は、454年にアエティウスを暗殺してしまいます。
フン族、アッティラから祖国ローマを必死に守ろうとした名将は、その恩恵を最大に受けたローマの皇帝に命を奪われたのでした。
また、暗殺を行ったウァレンティニアヌス3世は、その半年後にアエティウスの元部下たちによりローマ市内で暗殺されました。
外側に敵がいなくなると、内側に敵を作る、、ちょっぴり切ない気持ちになりますが、これも人間の性でしょうか?
もし『アッティラ』が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。

※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。

【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
『対訳 アッティラ』おぺら読本出版
世界史でたどる名作オペラ』 西原稔 東京堂出版
『アッティラ』 Wikipedia

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