今回取り上げる作品は、プッチーニ作の「トゥーランドット」です。
劇的な場面や斬新な音楽を含むプッチーニの代表作の一つと言えます。
素晴らしいアリアがいくつもあり、なかでも「誰も寝てはならぬ(Nessun dorma)」は1990年のワールドカップでルチアーノ・パヴァロッティが歌ったことで広く知られるようになりました。
(パヴァロッティは、世界三大テノール歌手として知られています)
作品名である「トゥーランドット」は、中国の姫の名前です。
圧倒的な美貌を持ちながら、氷のように冷たい心を持つトゥーランドット姫を目当てに、世界中の王子が求婚に訪れます。その度に、トゥーランドットは愛のテスト(3つの謎解き)を出すのですが、正解できないと処刑されてしまいます。
本作は、その謎解きに正解できなかったペルシア王子が処刑されるところから始まります。
そうです。この作品は、高嶺の花の独身女性が多数の求婚志望男子を選別するリアリティ番組「バチェロレッテ」のスケールをさらに大きく、そして内容を過激にしたようなストーリーなんです。
謎解きが失敗したら死刑になるような挑戦を敢えてする人などいるのでしょうか?
いるんです。とてつもなく自信過剰な王子が、、
タタール国の王子カラフは、元国王の父や王子のことを心から慕っていた使いの女性リューの声に耳を傾けず、愛のテスト(3つの謎解き)に挑みます。
さて、命を賭けた謎解きの結果はどうなるのでしょうか?
そして本作は、王子カラフを想い続け、最後まで愛を貫いた女性リューの悲劇の物語でもあります。
内容が気になりますね。
以下あらすじとなります。(後ろの括弧[1]は第1幕を意味します)
・舞台は、中国の北京です。
・群来がペルシア王子の処刑を待っています。王子はトゥーランドット姫のいちばん新しい求婚者で、姫の出す愛のテスト(3つの謎解き)に失敗しました。3つの謎に答えられない者は処刑されることになっていたのです。[1a]
・押し合いへし合いする人混みの中で、老人がつまずき、若い女(リュー)が悲鳴を上げます。敵の目をくらますために身分を隠していたカラフは、老人を助けようと駆けつけ、その老人が自分の父であることに気づきます。タタール国を追われた王ティムールでした。カラフがリューに、なぜ命の危険を冒してまで父を助けるのかと問うと、ある日のこと、カラフ様が私に微笑んでくださったからですと答えます。[1b]
・トゥーランドット姫が現れ、死刑執行を命じます。カラフは姫の美しさに圧倒され、彼女を得ようと決心します。皇帝に仕える大臣たちのピン、パン、ポンはそれを思いとどまらせようとします。[1c]
・カラフは彼女を愛するのは自分だけだと言い、リューは諦めてほしいと懇願します。カラフはリューに父の面倒を見てくれと頼むと、儀式の開始を告げる銅鑼を打ち鳴らします。[1d]・トランペットが鳴り響き、トゥーランドットが堂々と登場します。トゥーランドットは、自分が残酷に求婚者を処刑し、純潔を守るのは、いにしえの中国の姫に苦痛を味わわせた者たちへの復讐だと告げます。[2a]
・そして名を明かさない求婚者(注:カラフのことです)に対して、謎は3つだが死は1つ、と警告します。[2b]
・カラフは最初の2つの謎を解きます。そこでトゥーランドットは最後の謎を出します。「それは燃えさかる氷。そして炎であなたをさらに凍らせる。明るく輝くと同時に暗い。それは何か?」と問い、カラフは「トゥーランドット」と答えます。[2c]
・3つの謎解きに成功され、打ちひしがれた姫は、誓いから解放してほしいと父の皇帝に懇願します。そこで彼女の愛がほしい王子カラフは助け船を出します。夜明け前に自分の名前を当てれば、潔く死ぬと。[2d]・その夜、北京では誰も眠ることができません。だがカラフは自分の秘密が知られることはないと思っています。[3a]
・大臣たちが現れ、彼の名がわからなければトゥーランドットは人民全員を殺すだろうと言います。人々はカラフを殺せと言いだします。[3b]
・トゥーランドットが姿を見せると、リューは自分だけが王子の名前を知っていると言いますが、拷問されてもその名を明かそうとしません。トゥーランドットが、そのような強さの源は何か、と問うと、リューは「愛です」と答えます。そして姫も王子を愛するようになるだろうと言い、短剣をつかんで自害します。[3c]
・群衆のあいだに衝撃が広がり、カラフはトゥーランドットのヴェールをはぎ取って情熱的にくちづけをします。姫は屈辱を感じながら負けを認め、カラフに名前を告げず立ち去るよう言いますが、カラフはもう謎のままでいる意味はないと応じて、自分の名前と、そして命も姫に差し出すと言います。[3d]
・トゥーランドットは皇帝と延臣、そして人民を集め、彼の名前が分かったと告げます。王子の名は「愛」です、と。[3e]
本作のあらすじ、背景を知った上で、代表的なアリアや重唱を聞いてみると、曲の印象も変わるかもしれません。
以下イタリア語の曲名でネット検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[1e] 「Signore, ascolta(お聞きください、王子様)」:リューの心優しい、慈悲に溢れた心情と、カラフへの思慕の念を表現した清澄な旋律で、カラフに涙ながらに「お聞きください」と訴えます。
[1d] 「Non piangere Liu(泣くな、リュー)」:リューの涙の訴えに対し、カラフは自分が謎解きに失敗したら、父親の面倒をよろしく頼むとリューに言います。思い止まるよう諭す父、嘆願するリュー、「人生は楽しいのになぜ死に急ぐ」と言う三人の廷臣たちを交え、次第に音楽は高揚し、最後にカラフが「トゥーランドット!」と叫びながら、謎解きに挑戦する合図の銅鑼を3回叩き第1幕が終わります。
[3a] 「Nessun dorma!(誰も寝てはならぬ) 」:王子(注:カラフのこと)の名前が分かるまでは都中「誰も寝てはならない」というお触れが出ますが、カラフは誰にも分かるまい、「夜明けには勝利が待っている!」と高らかに歌う名曲中の名曲です。
[3c] 「Tu, che di gel sei cinta(氷に包まれた姫君も) 」:抒情的な中にも死を決意した者の緊張感を感じさせるリューの印象的なアリアです。このアリアを歌い終わると同時に兵士の腰から剣を抜き取り自らの胸に刺し自死します。
あらすじを読んで頂くと分かる通り、リューという女性の存在が際立っています。
プッチーニは自身が大怪我した後に、献身的に尽くしてくれた小間使のドーリアを本作のリューに投影したと言われています。(「蝶々夫人」の蝶々さんもそうであると言われています。ドーリアは、嫉妬したプッチーニ夫人との間で板挟みとなり、服毒死してしまいます。)
プッチーニは全身全霊をかけて本作の作曲にあたっていましたが、第3幕のリューの死の場面(あらすじ[3c])まで作曲したところで病に倒れ、亡くなります。
何とかして自身の手で第3幕のリューの死までは作曲したかった、というプッチー二の強い意志を感じると言う人もいます。
もし「トゥーランドット」が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。
※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。
【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック『イタリア・オペラ(上)』 音楽之友社
『オペラ対訳ライブラリー「トゥーランドット」』音楽之友社
プッチーニ: トゥーランドット(ジェイムズ・レヴァイン指揮、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ドイツ・グラモフォン、1987年4月)のブックレット
『オペラ鑑賞辞典』中河原理 東京堂出版