学ぼう

#17 ドロドロの恋愛劇とこの上なく優美な音楽! – マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」

今回は、マスカーニの最高傑作『カヴァレリア・ルスティカーナ』を取り上げます。
これは、イタリア・オペラの新境地を切り拓いた「ヴェリズモ(現実主義)オペラ」の記念碑的な作品です!

「えっ、現実主義⁉︎」、「理想主義の反対?そんなのオペラにあった?」と思いましたか?
「現実主義(ヴェリズモ)」とは、真実(イタリア語でvero)をありのままに描く写実主義のことです。
それまでの神話や古代のヒーロー/ヒロインもの(英雄譚)、歴史物を題材とした「ロマン主義」と異なり、同時代の人間の日常生活で起こることを素材とするスタイルです。
ヨーロッパ文学の世界でフランスのバルザックやメリメが写実主義の先駆者となり、本作の原作である『カヴァレリア』の作者ヴェルガもその影響を受けていました。
イタリアでもその流れに呼応して、ロマン主義のアンチテーゼとしてリアリズムを標榜し、マスカーニやレオンカヴァッロが音楽面での改革に取り組んだと言われています。
本作品『カヴァレリア・ルスティカーナ』とレオンカヴァッロの代表作『道化師』はいずれも上演時間が短いこともありますが、上述のヴェリズモ・オペラという共通性から、両作品は抱き合わせで上演されることが多いです。

「ロマン主義のアンチテーゼとしてリアリズムを標榜したヴェリズモ・オペラ」って、なんか高尚でむずかしそうな響きですよね?
それが実は、、
『カヴァレリア・ルスティカーナ』や『道化師』のストーリーで共通するのは、恋愛の三角関係(もっと多角形の時もあります)、浮気、不倫、結婚している女性を寝取ろうとする、挙げ句の果てに痴情のもつれから人を殺してしまう、、そんなドロドロの恋愛劇、なんです。
貧しい農民や労働者の日常、暴力、不倫、嫉妬といった生々しい現実をありのままに描くのがヴェリズモ・オペラです。

『カヴァレリア・ルスティカーナ』のあらすじを3行にまとめると以下のようになります。

兵役に出た男の元カノは、兵役中に別の男と結婚してしまった。兵役から戻った男は仕方なく別の彼女を作ったが、既婚の元カノとも関係を持っていた。それを知った現在の彼女は、元カノの旦那に妻の不倫をチクった。兵役から戻った男は、元カノの旦那と決闘することになり、負けて殺されてしまった。

ドロドロですね!これがヴェリズモ・オペラです。
しかし、ここからが特筆すべきことなのですが、この生々しい人間の愛憎劇にマスカーニはこの上なく甘く優しく美しい音楽を付けました。
本作品の間奏曲は非常に有名で、既に色々なところで耳にしている人は多いはずです。
また、マスカーニの「アヴェ・マリア」を聴いたことがある方もいるかもしれません。
そうなんです。
マスカーニの音楽は、聴いていると意識が遠のいてしまうと感じるほど美しい旋律が随所に散りばめられているんです。
甘いスイカなのに塩をかける人、メロンは甘いのに生ハムを巻いて食べる人、今日のファッションはあえて甘辛ミックスコーデと言う人などがいますが、ドロドロの恋愛劇なのにそこにこの上なく甘美な音楽をつけた人、それがマスカーニと言えるでしょう。

さらに作品の理解を深めるため、登場人物を知っておきましょう。
・「兵役に出た男」: トゥリッドゥ
・「兵役に出た男」の今カノ: サントゥッツァ
・「兵役に出た男」の元カノ(不倫相手): ローラ
・「兵役に出た男」の元カノの夫(決闘相手): アルフィオ
・「兵役に出た男」の母親: ルチア

ちょっと「ッ」や「ゥ」が多いのはなんとかしてほしい、と思われたかもしれませんが、次に作品のあらすじを見ていきましょう。

・舞台は19世紀後半、シチリア島の村。復活祭(イースター)の日の出来事です。
[全一幕]
・村の青年トゥリッドゥは、兵隊に行く前にローラと恋仲でしたが、彼の入隊中に彼女は馬車屋アルフィオに嫁いでしまいました。村に戻った彼は腹いせにサントゥッツァに近づいたものの、なおもローラへの未練を絶ち切れずにいます。[a]
・復活祭の日、教会前広場にサントゥッツァが現れ、トゥリッドゥの母親ルチアに、彼のことを尋ねます。トゥリッドゥとローラの密会をうすうす感じ取ったサントゥッツァは激しく嫉妬し、やって来たアルフィオに、二人が怪しいことをほのめかします。[b]
・やがてローラがミサに現れ、女同士の鞘当てが始まります。居合せたトゥリッドゥはうんざりし、サントゥッツァを罵倒します。彼と入れ替りにアルフィオが現れると、サントゥッツァは発作的にローラの不倫を口走ってしまいます。[c]
(間奏曲(インターメッツォ))
・ミサの後、ローラとトゥリッドゥが居酒屋で話していると、アルフィオが登場し、トゥリッドゥはいよいよ事態を察し、アルフィオと抱き合いながら彼の右耳を噛みます。これはシチリアでの決闘申し込みの合図でした。[d]
・皆が引き上げた後トゥリッドゥは、死を予感しそれとなく母親に別れを告げます。慌ただしくトゥリッドゥが去ると、ルチアは急に胸騒ぎを覚えます。[e]
・絶望したサントゥッツァが彼女の胸に飛び込んでくると、村の女の「トゥリッドゥが殺された!」という叫び声とともに幕が降ります。[f]

本作品はわずか70分ほどの短いオペラですが、全編が名曲の宝庫です。
以下曲名でネット検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[b] 「”So muß allein ich bleiben”(ひとりになるのね)」:教会の中からオルガンの音が聞えてきて、人々は主イエス・キリストへの祈りを捧げます。教会の中の合唱に応えるように、教会の外に集まった人々も祈りの合唱を捧げます。母親ルチアはサントゥッツァに、アルフィオが息子のことを尋ねた時、なぜ慌てて彼女を制止したのかを尋ねます。
[b] 「”Voi lo sapete, o mamma”(ママも知るとおり)」:サントゥッツァは、以前トゥリッドゥがローラと恋仲だったこと、出征中にローラがアルフィオと結婚していたので、ローラを忘れようとトゥリッドウがサントゥッツァを愛したこと、それを嫉妬したローラが既婚者の身でありながら、トゥリッドゥを誘惑して、今でも人目を避けて逢っていることを語ります。このアリアは、はじめは自らの境遇を哀れっぽくみせるように歌い出すが、次第に感情をあらわにしながら、最後は激情に身を崩しながら歌うことが求められる難曲です。
[c] 「”Oh! il Signore vi manda”(ああ、神様があなたをよこしてくださったんだわ)」:サントゥッツァがアルフィオに、トゥリッドゥとローラの不倫を漏らしてしまう場面です。アルフィオは激情し、復讐を誓い、サントゥッツァは絶望しその場に倒れてしまいます。
[間奏曲(インターメッツォ)] :おそらく世界中で知られる有名なオペラ音楽の一つ。太陽が照りつける昼の村でミサが終り、鐘が鳴るなか、皆が数会から皆が出てくる情景を教会からの祈りの合唱と同じ旋律で静かに描写します。やがて訪れる凄惨な事件とのコントラストで心にしみるように物悲しく響きます。
[e] 「”Mamma, quel vino è generoso “(母さん、この酒は強いね)」:自ら申し出た決闘を前に、トゥリッドゥは母親ルチアの元に訪れ、酔ったふりをして入隊時のようにキスをしてくれと頼みます。そして「もし自分が帰って来なかったらサントゥッツァの母親代わりになって面倒を見てやってくれ」と言って家を飛び出していきます。若年男性のイキって墓穴を掘る軽薄さ、自制心のきかない甘えん坊的性格が描写されます。

マスカーニの成功は出版社が主催した一幕物オペラのコンクールから始まりますが、これに応募したのは本人ではなく、マスカーニの妻だったと言われています。
コンクールの応募者は、歌手や器楽奏者を帯同して演奏することも認められていましたが、当時26歳で無名の音楽教師だったマスカーニはお金が無かったので、自分でピアノを弾きながら主パートを歌うしかありませんでした。
しかし、発表が進むにつれ5人の審査員の関心が高まり、審査員が途中からノリノリで主パートと合唱部分を一緒に歌ってくれた、という逸話が残っています。
発表終了後の審査員の反応は非常に好意的で、マスカーニに結果発表までローマを離れないでほしい、と伝えたそうです。そしてコンクールでは見事優勝となり、マスカーニは一夜にしてイタリア音楽界の寵児となりました。
オペラが空前の大ヒットを記録したため、原作者のヴェルガが「分け前が少なすぎる!」と出版社とマスカーニを提訴したほどでした。当時、著作権の概念が未発達でしたが、ヴェルガは最終的に巨額の賠償金を勝ち取りました。これにより、文学作品がオペラの台本になる際の権利関係に一石を投じた事件としても知られるようになりました。

色々知れば知るほど、世の中ドラマだらけですね!
もし『カヴァレリア・ルスティカーナ』が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。

※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。

【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック『イタリア・オペラ(上)』 音楽之友社
『Opera オペラワンダーランド』ぴあ株式会社
『カヴァレリア・ルスティカーナ』 Wikipedia

関連記事