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#1 上京して孤軍奮闘した女性の悲哀!! – ヴェルディ「椿姫」

オペラは、切り口(どの登場人物の立場/気持ちになって観るか)によって異なる楽しみかたが出来ます。
今回はヴェルディ作の人気オペラ「椿姫(つばきひめ)」で、主人公の女性ヴィオレッタについて光を当ててみましょう!

このオペラ作品の原題は「La Traviata(ラ・トラヴィアータ)」といい、直訳すると「道を踏み外した女」になります。フランス語の原作「椿の花の貴婦人(La Dame aux Camelias)」があり、主人公の女性は実在しますが、ヴェルディがオペラ作品として制作した際に内容を一部変えています。ここでは、オペラ初心者の方が楽しめるようオペラ「椿姫(つばきひめ)」について触れていきます。

まずは簡単なあらすじです。(後ろの括弧[1]は第1幕を意味します。)

・19世紀フランス、パリの夜の社交界(「ドゥミ・モンド」と呼ばれていました)の高級娼婦であった主人公のヴィオレッタは、連日舞踏会に出て、贅沢三昧、享楽に溺れる生活をしていました。ある舞踏会で、田舎(プロヴァンス地方)の旧家出身の純情な青年アルフレードを紹介されました。[1a]

・彼女は貴族の支援を受けて華やかな生活をしているものの、パリでは独りぼっちで本当は誰にも愛されていないこと、また余命長くない病を患っていることも薄々気づいていました。[1b]

・アルフレードはヴィオレッタのことを1年以上前から想っており、そのストレートな愛情表現は彼女の心を大きく揺さぶりました。[1c]

・アルフレードの想いを受け入れたヴィオレッタは、娼婦の立場を捨て、アルフレードと二人で愛に溢れた暮らしを始めました。しかし、その幸せな暮らしは彼女の財産を切り崩しながら行われていました。[2a]

・そこにアルフレードの父ジェルモンが現れ、ヴィオレッタに、あなたは息子にふさわしくないので別れてほしい、と告げます。ヴィオレッタは私が愛する人はもう彼しかいない、と必死に訴えますが、アルフレードの家族が幸せになるのであればということで、泣く泣く身を引くことを受け入れます。[2b]

・ヴィオレッタは、アルフレードが追いかけて来ないよう、娼婦として過去に支援を受けていた貴族のところに戻りました。父ジェルモンはアルフレードの元に現れ、田舎に戻ってくるよう説得を試みました。[2c]

・純朴なアルフレードは恋人の気持ちを理解できず、ヴィオレッタに裏切られたという思いで、舞踏会に乗り込み、衝動的に彼女を攻撃してしまいます。攻撃されたヴィオレッタは、「これまでも、これからも、アルフレード、あなただけを愛しています」と歌います。我に返ったアルフレードは激しく後悔します。同じく彼を追って舞踏会に現れた父ジェルモンも、彼女のアルフレードに対する気持ちを知り、自分のこれまでの行動が間違っていたのではないかと思い始めます。[2d]

・その後、肺結核が進行したヴィオレッタは、ジェルモンからの手紙を読み、残り僅かな財産を貧しい人たちに寄付をしながらアルフレードを待ち続けます。彼との楽しかった思い出を振り返りながらすべて終わってしまったと嘆きます。[3a]

・そこにアルフレードが戻り、二人は再会を心から喜びました。パリを離れて田舎で二人楽しく暮らそうと語り会いますが、死期の迫ったヴィオレッタは倒れてしまいます。そこに医師グランヴィルや父ジェルモンが現れますが、もはや何もできずうろたえるばかりでした。[3b]

・ヴィオレッタはアルフレードに、いつか素敵な女性が現れてあなたに恋をしたらその女性と幸せになってほしい、私は天から温かく見守りたいのでこれを渡して欲しいと自分の肖像を託し、息を引き取ります。[3c]

ヴィオレッタは、娼婦でいわゆる夜の世界の女性でした。
オペラが初演された1853年当時のヨ-ロッパの人々は、主人公が娼婦、「道を踏み外した女」というのが受け入れ難かったようです。オペラの主人公は歴史上の人物や上流階級の人物でなければならない、と考えていたのかもしれません。現在でも、「娼婦」の話と言われると敬遠する人(内容を知らないうちから遠ざけてしまう人)が一定数いると思われます。

そこで、ヴィオレッタという女性を考えるにあたり、彼女が娼婦であったことは忘れ、彼女が働く女性であったと抽象化して捉え直してみてください。

・大都会で身寄りもおらず、仕事に没頭していた
・仕事ができ、はたから見たら華やかな暮らしをしていたが、誰からも愛されていないと感じていた
・原因不明の体調不良に見舞われていたが、仕事を辞めるわけにはいかなかった
・自分のことを純粋に愛してくれると思えた彼と一緒になることで自分の残りの人生を変えたいと思った
・しかし、都会で幸せな生活維持するのは経済的に大変だった
・また、彼氏の父親から彼と付き合うことを猛烈に反対された
・彼やその父親に迷惑をかけたくないので、彼を追いて自分から身を引いた
・彼女のそうした心遣いや想いは彼には伝わらず、追いかけてきた彼に口汚く罵られてしまった
・病気の進行とは裏腹に彼との再会が遅れ人生に絶望してしまった
・ようやく彼と再会した彼女にとって、もはや大切なのは「お金」ではなく彼との「時間」であったが残された時間はなかった

どうでしょうか?
何だか見方によっては、上京して孤軍奮闘して働く現代の女性の悲哀に通じるような印象を受けませんか?
性別に関わらず、皆さん、彼女に共感できる点はないでしょうか?
もし、ヴィオレッタという女性と自身に重なる部分を見つけ、共感し、感情移入してもらえたら、彼女がその時々に歌うアリア、重唱はより皆さんの胸を打つはずです。

最後に彼女の心情の変化を感じ取るのに良いと思われるアリア、重唱を以下に記載しておきます。以下イタリア語の曲名でネット検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[1a] 「Brindisi(乾杯の歌)」:ヴィオレッタとアルフレードが出会った舞踏会の乾杯の一幕で夜の社交界の華やかさが漂います。
[1c] 「Follie! Delirio vano e qeuesto!(花から花へ)」:ヴィオレッタの中でアルフレードとの恋愛を肯定する自分と、この生活は辞められないと考えるもう一人の自分との葛藤から心が乱れるさまを歌います。
[2b] 「Amami, Alfredo」:理由を告げずに身を引くことを決心したヴィオレッタの胸の張り裂けそうな想いを歌います。
[2d] 「Alfredo, Alfredo, di questo core」:アルフレードに攻撃された後にも関わらず、「これまでも、これからも、アルフレード、あなただけを愛しています」と歌い、その後アルフレード、父ジェルモンその他の人たちも参加し第2幕最後の合唱となります。ヴィオレッタのアルフレードを想う歌詞、アルフレードの自身の行為を恥じる歌詞、父ジェルモンの真相を告げられないという歌詞、その他の人々のヴィオレッタを慰める歌詞等が折り重なるようにして歌われ、大きなうねりとなって第2幕の終幕を飾ります。
[3a] 「Addio del passato(過ぎし日よ、さようなら)」:病気の進行となかなか訪れないアルフレードに絶望した想いを歌います。

以上になりますが、もし「椿姫」が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。

※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。

【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック『イタリア・オペラ(下)』 音楽之友社
新国立劇場オペラ『椿姫』のプログラム (2024年5月)
ヴェルディ: 「La Traviata」(リッツイ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、2005年、ドイツ・グラモフォン)のブックレット
ヴェルディ: 「La Traviata」(マナコルダ指揮、英ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団、2019年、ナクソス)のブックレット

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