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#2「モテ薬」は現代でも多くの人が求めている!! – ドニゼッティ「愛の妙薬」

初めてオペラに触れる方が、作品の内容について身近に感じてもらえるよう解説する企画第2弾は、ドニゼッティ作のオペラ「愛の妙薬(あいのみょうやく)」です。

ドニゼッティ?、愛の妙薬?と言われると、知らない方は親近感が湧かず「うーん、どうなのかな」と思うかもしれません。
実は、ドニゼッティは生涯で70作品ほどのオペラを世に送り出したイタリアオペラの大家です。
また、愛の妙薬とは、言い換えれば「モテ薬」(飲むと他人が自分のことを好きになる薬)のことです。

この作品は「モテ薬」を手に入れて、高嶺の花である女性アディーナと付き合おうと考えた不器用な青年ネモリーノの話です。
本作品が制作されたのは1832年ですが、当然のことながら「モテ薬」などあったわけがありません。
ネモリーノがインチキ薬売りから「モテ薬」と言われて買ったのは安ワインでした。

そんなネモリーノを私たちは愚か者と笑えるでしょうか?
数十年前は雑誌週刊誌の後ろのページに、身長が伸びる器具や振りかけるだけで異性が好意を抱く香水など胡散臭い商品の広告がありましたが、あれに釣られた人はネモリーノと同類かもしれません。
また現在でも頻繁に「投資詐欺」や「ロマンス詐欺」の被害が報道されています。
嘘か本当か分からないような「すぐに痩せる薬」、「お肌が生まれ変わったようにスベスベになるクリーム」、「長寿になる飲み物」等そんな話があればついつい手を出したくなるのが人の性です。
結局、いつの時代も自分の欲求をくすぐるウマい話には弱い、という人間心理は変わらないのかもしれません。

ですが本作品は、「モテ薬」などなくそのようなものに頼っても物事うまくいかないよ、と教訓めいたことをいう内容ではなく、「モテ薬」は存在しないはずなのに何故か話がうまく進んでしまうというストーリーなんです。

それでは簡単なあらすじを見ていきましょう。(後ろの括弧[1]は第1幕を意味します)

・舞台は、19世紀バスク地方の農村です。
・村の純朴な青年ネモリーノは、村の農場主の娘アディーナに好意を寄せていますが、告白する勇気がありませんでした。一方で、アディーナは物語に出てくるような「愛の妙薬」があったらいいのに、と夢見ていました。[1a]
・少しキザな軍曹ベルコーレもアディーナに好意を寄せており、彼がストレートに彼女に求婚する様子を見て、ネモリーノもアディーナに声をかけますが、2人とも彼女に鼻であしらわれてしまいます。[1b]
・そこにインチキ薬売りのドゥルカマーラが現れ、言葉巧みに万能薬を売り付け始めます。ネモリーノは、ドゥルカマーラに「モテ薬」を売ってくれないかと真剣に頼みます。ドゥルカマーラは安ワインを「モテ薬」と偽り、飲んだ翌日から効果が出るよと勧めます。ネモリーノは金貨1枚を出して大喜びで「モテ薬」を買いました。[1c]
・「モテ薬」を手に入れたネモリーノは早速それを飲み干します。陽気になってしまいアディーナに対しても大きな態度を取ってしまいます。気を悪くしたアディーナは当てつけにベルコーレからの求愛を受けてしまいます。[1d]
・結婚式が6日後だったため、「モテ薬」の効果でなんとかなると考えていたネモリーノですが、軍隊が明日出発することになったため今日中に結婚式を挙げるという話になります。今日中となると「モテ薬」の効果が出る前なので、ネモリーノはパニックになり「理由は言えないが、今日はダメなんだ」とアッディーナや周りの人たちに訴えます。[1e]

・憔悴しきったネモリーノは、ドゥルカマーラのところに行ってもう一本「モテ薬」を売ってもらおうとしますが肝心のお金がありません。[2a]
・絶望していたネモリーノを見て、ベルコーレは「金が欲しいなら軍隊に入れ」と誘い、ネモリーノは入隊契約金で「モテ薬」もう一本買い、飲み干します。[2b]
・その頃、ネモリーノの親族の死により、ネモリーノに莫大な遺産が入るという噂が流れ、若い女性たちは「本当かしら?」と言ってネモリーノをちやほやし始めます。ネモリーノは、てっきり「モテ薬」の効果が出始めたと思うようになります。[2c]
・「モテ薬」を売ったドゥルカマーラは、「モテ薬」をアディーナに自慢するとともに、ネモリーノが軍隊の入隊契約をしてまでその薬を欲しがった話をしました。彼女はネモリーノのひたむきさに感動するとともに、自身がネモリーノの本当の魅力を見抜けていなかったことに気づきます。彼女はここで「モテ薬」には頼らず、自分の力で事態を解決させようと心に決めます。[2d]
・一方ネモリーノは、本当は周りの女性からちやほやされたかったのではなく、ネモリーノの軍隊入りを辞めさせようと忠告するアディーナの目に見た涙こそが自分の求めていたものであったことに気づきます。[2e]
・その後、アディーナはネモリーノの入隊契約書をベルコーレから買い戻します。そして、アディーナはベルコーレとの結婚を破談にし、ネモリーノに永遠の愛を誓うと歌います。[2f]
・ベルコーレはアディーナを諦め、ドゥルカマーラは村人たちに「モテ薬」は富ももたらすと煽り、残りの安ワインをすべて売りつけ嬉々として去っていきます。[2g]

以下に、ネモリーノとアディーナの移ろう心の機微を描いたアリア、重唱を記載しておきます。以下イタリア語の曲名でネット検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[1a] 「Quanto è bella, quanto è cara (なんと可愛い人)」:ネモリーノがアッディーナのことを想い、なんて可愛い人なんだと歌います。
[1b] 「Chiedi all’aura lusinghiera(優しいそよ風にお聞きなさい)」:ネモリーノの真剣な告白をアッディーナがあしらう場面の二重唱です。
[1e] 「Adina credimi(信じておくれよ、アッディーナ)」:ネモリーノは、「モテ薬」の効果が出る前にアッディーナがベルコーレと結婚してしまうことに愕然とし、「理由は言えないがすぐに結婚してはダメなんだ、信じてくれ」と訴える場面です。
[2d] 「Quanto amore!(なんという愛情でしょう!)」:ネモリーノの純愛に感動し、自分の仕打ちを悔いるアッディーナと、なんとか「モテ薬」をアッディーナにも売り付けようとするドゥルカマーラの二重唱です。
[2e] 「Una furtiva lagrima(人知れぬ涙が)」:「愛のために死ねる」というネモリーノの真情が美しく幻想的な雰囲気をまとうテノールの名曲中の名曲です。

皆さんが想像した「モテ薬」の話だったでしょうか?
必要だったのは「モテ薬」ではなく、「気づき薬」だったのかもしれませんね。
そして、ネモリーノの人間的な魅力は「モテ薬」以上に人を引きつける力があったのかもしれません。
もし「愛の妙薬」が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。

※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。

【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック『イタリア・オペラ(上)』 音楽之友社
『オペラ鑑賞辞典』中河原理 東京堂出版

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