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#6 「愛する人」以外全てを手に入れた女性と「愛する人」以外全てを失った女性の物語 !! – ヴェルディ「アイーダ」

今回は、我々日本人が最もよく知っているオペラ曲を含むヴェルディの「アイーダ」です。
「日本人が最もよく知っているオペラ曲」とは、サッカー日本代表の応援歌で「凱旋行進曲(がいせんこうしんきょく)」です。ネットで「サッカー日本代表 アイーダ 応援歌」などと調べて頂ければ、「なんだ、この曲のことか!」と思われるでしょう。
一説には、イタリアセリアAの「パルマ」に在籍していた元日本代表の中田英寿選手がこの曲を口ずさんでいたことから、日本代表の応援歌になったと言われています。「パルマ」では、選手を鼓舞するとき、イタリアの大作曲家ヴェルディの「凱旋行進曲」を使っていたそうです。

さて本題に入りますが、「アイーダ」はエジプトを舞台としたオペラです。
本作は、考古学者オーギュスト・マリエットが、当時のエジプト総督に、ヴェルディに「エジプトのオペラ」を依頼してはどうかと進言したことをきっかけに制作が始まります。マリエットが「アイーダ」の物語を創作し、そこにヴェルディが音楽を付けました。
第2幕の凱旋行進の場を書き上げるのに、ヴェルディはフランスのグランド・オペラから着想を得たと言われています。きわめてドラマティックな物語展開と気持ちを沸き立たせる音楽で「アイーダ」はたちまち大成功を収め、初演から10年もしないうちに世界中の155ものオペラハウスで上演されました。

本作は、大国エジプトと隣国エチオピアを出自とする人たちの間で起こる純愛ドラマです。恋愛模様をシンプルにまとめると以下の通りです。

「エジプト王の娘」は、「エジプト軍の指揮官」に好意を寄せていたが、彼は「奴隷となっていたエチオピアの王女」を好きになってしまい、「奴隷となっていたエチオピアの王女」も「エジプト軍の指揮官」を好きになってしまった。

これがエジプト王宮の中で起こってしまったため大変です。
「アイーダ」とは、「奴隷となっていたエチオピアの王女」のことです。
また、「エジプト王の娘」は「アムネリス」、「エジプト軍の指揮官」は「ラダメス」と言います。

つまり、アムネリスは 「愛する人(ラダメス)」以外全てを手に入れた女性(王女)であり、アイーダは「愛する人(ラダメス)」以外全てを失った女性(奴隷)です。
アムネリスは、富、地位、権力、美貌(素晴らしい容姿)全てを手にしています。一方、アイーダはラダメスに愛されている以外、アムネリスが手にしているものはありません。

変な質問になりますが、皆さんは「アムネリス」と「アイーダ」のどちらになりたいですか?
(どちらになりたいと思うかは自由です)
もしかしたら、我々現代人は、皆「アムネリス」になりたくて、勉強、仕事、自分磨きを頑張っているかもしれません。
勉強して有名校に進学して良い学歴を得たい、仕事で成功して偉くなってお金持ちになりたい、美しい容姿を得てチヤホヤされたい、、アムネリスはそういったものを全て手に入れていました。そんな彼女でもラダメスには愛されませんでした。そして、ラダメスはあろうことか奴隷となっている敵国の王女を愛してしまうのです。
世の中というのは、時に非常に残酷なんです。

本作は、アイーダとラダメスの純愛悲劇ですが、見方によってはアムネリスの絶望の物語と言うこともできます。様々な登場人物の立場・視点から、本作を味わってもらうのも良いかもしれません。

では、もう少し細かくオペラのあらすじを見ていきましょう。(後ろの括弧[1]は第1幕を意味します)

・舞台は、古代エジプトの首都メンフィス及びテーベです。
・エジプト軍の指揮官ラダメスはエジプト軍を率いてエチオピアの侵略軍に対峙することを願うものの、捕らわれの身のエチオピア王女アイーダと密かに愛し合っています。[1a]
・エジプトの王女アムネリスもまたラダメスに想いを寄せています。[1b]
・エジプト王が登場し、祭司長ラムフィスがラダメスをエジプト軍の司令官に任命します。ラダメスが祝福を受けるために退場すると、アイーダは、父であるエチオピア王アモナスロとラダメスが戦うことに心を痛めます。[1c]
・出陣へ向けて、ラダメスは神殿で聖なる冠と神剣を受けます。[1d]

・エジプト軍は戦いに勝利します。アイーダとラダメスの仲を疑うアムネリスは、ラダメスが戦死したと告げてアイーダの反応を見ます。アイーダの嘆きに、アムネリスは、奴隷の身でラダメスを愛したことを責め立てます。そしてラダメスが生きていると明かし、アイーダが神に感謝すると、自分がアイーダのライバルだと宣言します。アイーダは慈悲を願いますが、アムネリスは復讐を誓います。[2a]
・ラダメスが勝利して凱旋行進の先頭に立ち、テーベに帰還します。アイーダは、捕虜の中に父、エチオピア王アモナスロの姿を見い出します。[2b]
・アモナスロは身分を偽り、エチオピア王アモナスロは死んだ、エチオピアの捕虜を解放してほしいと頼みます。ラダメスもその願いを後押し、王は同意します。王はラダメスにアムネリスを与え、王位も約束すると言い、アイーダは悲嘆にくれます。[2c]

・ナイル川の岸辺でラダメスを待ちながら、アイーダはもう二度と祖国エチオピアを見ることはないと嘆きます。[3a]
・父が現れ、ふたたびエジプトを攻める準備ができていると告げます。娘がラダメスを愛していると気づいたアモナスロは、娘に、エジプト軍の進路を探るよう命じます。[3b]
・アイーダに会ったラダメスは、王にアイーダへの愛を打ち明けると約束します。アイーダはアムネリスの怒りを思い、今すぐ逃げましょうと説き伏せ、エジプト軍を避けるにはどの道を行けばよいかとたずねます。ラダメスは軍勢の通る道を教えてしまいます。[3c]
・その時、隠れていたアモナスロが姿を現します。ラダメスは自分が機密を漏らし祖国を裏切ったことを知り、アイーダと父を逃し、自身はアムネリスと共に現れた衛兵に捕えられます。[3d]

・アムネリスはラダメスに、弁明すれば自分も助命を嘆願すると助け船を出しますが、ラダメスはそれを拒絶し、アイーダの死と引き換えに生きることは望まないと言います。アムネリスは、アイーダは生きているが、命が借しければ二度と彼女に会わないでほしいとラダメスに迫りますが、それも拒まれます。[4a]
・ラダメスは裁判の結果、神殿の地下牢に生き埋めの刑を告され、アムネリスは絶望します。[4b]
・地下牢でラダメスが死を待っていると、隠れていたアイーダが現れ、自分も一緒に死ぬと言います。二人は抱き合ってこの世に別れを告げます。アムネリスは、神殿の中で、ラダメスの冥福を一人祈り続けます。[4c]


以下に、アイーダ、ラダメス、アムネリスの心の機微を捉えたアリア、重唱等を記載しておきます。
イタリア語の曲名でネット検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[1a] 「Celeste Aida(清きアイーダ)」:ラメダスは自分がエジプト軍の司令官に選ばれたら、絶対に戦いに勝ち、恩賞として結婚の許しを得て、密かに愛し合うアイーダに彼女の美しい故郷を捧げたいと歌います。
[1d] 「Immenso Fthà, del mondo(全能なる神よ)」:司令官の冠と神剣を受けた後、祭司長とラダメスが荘重な旋律で神にエジプトの加護を祈ると、祭司たちや巫女たちが加わった壮麗なアンサンブルとなり、一同による偉大な神フターの力強い斉唱で第1幕が終わります。
[2a] 「Gloria all’ Egitto, Triumphal March(凱旋行進曲) 」:エジプトの勝利を受け、民衆たちの神と国王を讃える歓呼の大合唱となります。その後、オペラのために考案されたエジプト・トランペットにのって兵士たちが行進して過ぎる「凱旋行進曲」となります。
[3a] 「O patria mia(おお、私のふるさとよ)」:アイーダが再び見ることはない祖国を偲び、細かく震えおののくようなフルートのトリルにのって故郷の山河を回想しながら歌います。
[4c] 「O terra, addio valle di pianti(さようなら、大地、涙の谷よ)」:地下牢でアイーダを救い出せないと諦めたラダメスは、死の法悦に浸って天上で結ばれる喜びを賛美するアイーダと抱き合いながら、人生の別れを告げる愛の二重唱を歌います。地上では、喪服を着たアムネリスが神殿に現れ、恋する人の冥福を祈り終幕となります。

本作は、アムネリスの立場、視点からすれば絶望の物語と書きましたが、アイーダやラダメスと違って生き続けることに意味があるかもしれません。あくまでも創作された物語、人物ですが、アムネリスは生き続ける限り、いつか心癒され、幸せな余生を過ごす可能性が残されているからです。
そう考えると、今悩んだり困っている人も少しは気が楽になるかもしれません。

もし「アイーダ」が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。

※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。

【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック『イタリア・オペラ(下)』 音楽之友社
『オペラ対訳ライブラリー「アイーダ」』音楽之友社
『オペラ鑑賞辞典』中河原理 東京堂出版

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