今回取り上げる「リゴレット」は、オペラ作曲家としてのヴェルディがその名を世界に知らしめることになった出世作の一つです。原作者は、あの「レ・ミゼラブル」で有名なフランスのロマン派文学作家のヴィクトル・ユーゴーです。
内容は非常にショッキングで、自分の可愛い娘をたぶらかした公爵を、殺し屋を雇って殺そうとしたら、公爵の身代わりになろうとした娘がその殺し屋に殺されてしまう、というお話です。
作品名の「リゴレット」は、この娘の父親の名前で、彼は容姿には特徴があり、公爵お抱えの道化師でした(この公爵に仕えていました)。
可愛い娘の名前は「ジルダ」、女好きの公爵は「マントヴァ公爵」といいます。
殺し屋は「スパラフチーレ」、殺し屋の妹が「マッダレーナ」で、これだけ押さえておけばストーリーは理解できます。
では早速あらすじを見ていきましょう。(後ろの括弧[1]は第1幕を意味します)
・舞台は16世紀、北イタリアのマントヴァです。
・マントヴァ公爵の宮廷では毎日酒池肉林の宴が開催されていました。華やかな舞踏会の席で、色好みのマントヴァ公爵は次から次へと婦人たちに手を出していきます。[1a]
・道化師リゴレットは、娘を公爵にもてあそばれた貴族を大衆の面前でからかったため、反対にその貴族から呪いの言葉を浴びせられます。[1b]
・その夜、家路につくリゴレットに殺し屋のスパラフチーレが商売を持ちかけますが、リゴレットは取り合いません。自宅では愛娘ジルダが待っており、妻を亡くした彼の心を和ませます。[1c]
・リゴレットが出かけると、貧しい学生のフリをした公爵がジルダに忍び寄り、口説き始めます。ジルダは恥じらいながらも恋心を抱き、彼が去った後、胸をときめかせます。[1d]
・公爵の臣下たちは、ジルダをリゴレットの情婦と勘違いして誘拐を企てます。リゴレットは、向かいの家の女をさらうとゴマかした臣下たちの言葉を真に受け、目隠しをされながら誘拐を手伝いますが、相手がわが娘と気づいた時には後の祭でした。舞踏会で貴族から浴びせられた呪いの言葉を思い出し愕然とします。[1e]・ジルダがさらわれたと聞いて嘆く公爵ですが、誘拐したのが自身の臣下たちと知って喜びます。[2a]
・さらわれた娘の居所を探りに、半狂乱のリゴレットがやって来ます。ジルダが泣きながら現れ、事の次第を話しながら、公爵を憎みきれない女心を打ち明けます。[2b]
・リゴレットは、今や仇討ちの相手は公爵だと決意します。[2c]・ジルダに公爵への思いを断ち切らせようと、リゴレットは彼のお愉しみの現場を娘に見せます。公爵は酒場で、スパラフチーレの妹マッダレーナを口説いていました。[3a]
・同時に、リゴレットは殺し屋スパラフチーレに公爵殺害を依頼しました。しかし、公爵を想うマッダレーナは兄スパラフチーレに、公爵を殺さないでほしいと強く訴えます。彼は殺害方針を変え、新たに居酒屋に来る客を犠牲(公爵の身代わり)にすることにしました。[3b]
・兄妹の謀りごとを知ったジルダは、自分が公爵の身代りになろうと決意します。ジルダは殺し屋の待つ居酒屋に足を踏み入れます。[3c]
・リゴレットは、約束の死体を受け取ります。しかし、怨念を晴らしたはずのリゴレットの耳に、あろうことか公爵の歌声が聞えてきます。[3d]
・驚いて袋を開けると、中には深手を負ったジルダがいました。彼女は息絶え絶え、愛する公爵の許しを願い「天国のお母さまのそばで祈ります」と言って事切れます。息を引き取った娘を抱いてリゴレットは泣き崩れ終幕となります。[3e]
本作のあらすじ、背景を知った上で、代表的なアリアや重唱を聞いてみると、曲の印象も変わるかもしれません。
マントヴァ公爵(テノール)が歌う「女心の歌」は、おそらく多くの人が一度は耳にしたことがある名曲です。ヴェルディはこの曲が大人気となることを確信しており、オーケストラのメンバーに、初演までは劇場でのリハーサル以外でこの曲を口笛で吹いたり歌ったりしないよう指示したという逸話も残っています。
以下イタリア語の曲名でネット検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[1c] 「Figlia! A te d’appresso(娘よ、お前は私の命)」:隠れ家の門を開け庭に入ったリゴレットと、飛び出して来てうれしそうにするジルダとの情愛に満ちた二重唱です。
[1d] 「Gualtier Malde(グァルティエル・マルデ)〜 Caro Nome(慕わしき人の名は)」:公爵が学生のフリをしてジルダに近づき、自身の名は「グァルティエル・マルデ」と告げます。ジルダはそれを信じて、独りバルコニーで甘い憧れに満ちた胸のときめきを歌います。
[2b] 「Tutte le festeal tempio(いつも日曜に教会で) 」:リゴレットに促されてジルダが公爵との出会いと彼への愛情を打ち明けます。アリアからは、純情可憐なジルダの人柄が滲み出ます。
[3a] 「La donna è mobile(女心の歌) 」:スパラフチーレの宿を訪れた公爵が調子の良いリズムに乗って自身の女性観を軽妙に歌います。
[3e] 「O mia Gilda(おお、わしのジルダ) 」:身代わりとなったジルダは、瀕死の状態で愛する公爵の許しを願い「天国のお母さまのそばで祈ります」と歌います。ジルダを看取ったリゴレットは、「あの呪い!」と悲痛に叫んで娘の亡骸の上に倒れます。
本作品は父親のリゴレットを主役に据えたことで、他の純愛悲劇ものの作品とは一線を画す珠玉の人間ドラマとなりました。
リゴレットにとって娘ジルダの死が悲劇であったことは明らかですが、第一幕冒頭の舞踏会で公爵に弄ばれた娘の父親も、程度の差こそあれ深い悲しみを負っていたはずです。しかし、リゴレットはその父親を大衆の面前でからかいました。他人事だったからでしょう。一方、純朴な娘の恋心は公爵には届かず、リゴレットの親としての思いは娘に十分伝わりませんでした。
人間最後は自分の意思で決断し、行動すべきですが、もしかしたら、当事者の抱く思いや気持ちの大きさや深さは、どれだけ近くにいたとしても自分以外の人(他人)には同じ大きさや深さでは共有されない(伝わらない)、という深淵なテーマを気づかせようとする作品なのかもしれません。
もし「リゴレット」が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。
※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。
【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック『イタリア・オペラ(下)』 音楽之友社
『オペラ対訳ライブラリー「リゴレット」』音楽之友社
『オペラ鑑賞辞典』中河原理 東京堂出版