記念すべき第20回オペラ作品解説は、ヴェルディ中期の傑作オペラ『運命の力(La forza del destino)』です。
「作品のタイトルが体言止めで、それも力(ちから)って、、」と思われたかたもいるかもしれません。
「タイトルなんてふんわり『運命のイタズラ』ぐらいにしておけばいいのに!」という声も聞こえてきそうですが、内容を知り音楽を聴くと、それがなぜ『運命の力』なのか納得していただけると思います。
本作品は、ストーリーも音楽も(オペラ歌手に求める技量も)まさにヘビー級です!
だからこそ、事前に内容・音楽を知っておいて頂くと観劇がさらに楽しめるはずです。
『運命の力』は、その名の通り、抗えない過酷な宿命に翻弄される人間たちの悲劇を、圧倒的なスケールと豊かな音楽性で描いた作品です。
本作品は、1862年、ロシアのサンクトペテルブルク・マリインスキー劇場からの委嘱(いしょく:作品の制作を依頼すること)によって誕生しました。1862年は日本史で言うと、横浜近郊で薩摩藩士がイギリス人を殺傷してしまった「生麦事件」が起きた年でもあります。
ヴェルディはこの時期、イタリア統一運動(リソルジメント)の進展に伴い、初代イタリア王国の国会議員に選出されるなど、政治的・社会的な多忙を極めていました。そんな彼が久々にオペラ界へ本格復帰した記念すべき作品でもあります。
原作は、スペインの劇作家リバス公(アンヘル・デ・サアベドラ)による戯曲『ドニ・アルバロ、あるいは運命の力』(1835年)です。 この原作は、当時のスペイン・ロマン主義の頂点とされる作品ですが、とにかく凄惨で「登場人物がほぼ全員凄絶な死を遂げる」という、きわめて過激な内容でした。
初演では凄惨な結末が不評だったため、ヴェルディは1869年にミラノ・スカラ座での再演に向けて大幅な改訂を行いました。また、この改訂時に、現在コンサートでも単独でよく演奏される、あの有名な「序曲」が新たに書き下ろされました。
ストーリーを簡潔にまとめると以下の通りです。本作品は4幕構成で、【1】は第1幕を指します。
【1】侯爵令嬢レオノーラと異国人のアルヴァーロは駆け落ちを図りますが、彼女のパパに見つかってしまいます。アルヴァーロは殺意がないことを示そうと銃を投げ捨てますが、その銃が不運にも暴発してパパに命中し、命を奪ってしまいます。この事故がきっかけで二人は逃亡し、その途中ではぐれてしまいます。
【2】レオノーラの兄カルロは、父の復讐と一家の名誉のため二人を追い続けます。レオノーラは、男装して修道院へ駆け込み、近くの荒野にある洞窟で隠者として生きる道を選びます。
【3】レオノーラを失い死を望むアルヴァーロは、偽名を使って戦場へ赴き、そこで偶然カルロと遭遇します。互いの素性を知らぬまま、危機を救い合うことで固い友情を結ぶ二人でしたが、やがてカルロに正体がバレ、激しい復讐の標的となってしまいます。
【4】数年後、アルヴァーロは修道士となっていましたが、執念深いカルロに居場所を突き止められ、挑発の末に再び決闘となります。アルヴァーロによって致命傷を負わされたカルロは、助けを求められて現れた隠者がレオノーラだと気づき、最後の力で彼女を刺殺します。アルヴァーロは引き裂かれるような悲しみのなか、過酷な宿命を受け入れるのでした。
主な登場人物として以下を知っておけば十分です。
・レオノーラ: アルヴァーロと駆け落ちしようと考えていた侯爵令嬢
・アルヴァーロ:インカ族の血を引く南米高官の息子
・カルロ:レオノーラの兄
ちなみに、他にもレオノーラのパパや修道院の神父、暗い悲劇をより際立たせる個性豊かな「喜劇役者たち」もいます。暗い悲劇の中にコミカルなキャラクター(コミック・リリーフ)といった喜劇的要素を混ぜ合わせる手法は、ヴェルディならではの緩急の妙であり、悲劇の陰惨さをかえって浮き彫りにする効果を持っています。
こうしたシーンは舞台演出上、演出家やダンサー、パフォーマーの腕の見せ所ですので、観劇の際は是非注目してください。
うっすら全体像がイメージできたところで、さらにあらすじを見ていきましょう。
・物語は18世紀半ば、スペインとイタリア(当時はオーストリア継承戦争の最中)を舞台に、約5年以上の歳月をかけて展開します。
第1幕:暗転する運命
・18世紀半ばのスペイン・セビリア。レオノーラとアルヴァーロは駆け落ちを企てますが、アルヴァーロの出自(インカの血を引く)を理由に父・侯爵から猛反対されていました。
・旅立とうとしたまさにその時、侯爵に発見されてしまいます。アルヴァーロは敵意がないことを示すために所持していた短銃(ピストル)を床に投げ出しますが、それが不運にも暴発し、弾が侯爵に命中。侯爵は娘を呪いながら息絶え、二人はおののきながら逃亡しますが、その途中で離れ離れになってしまいます。
第2幕:逃亡と隠遁
・逃亡中にはぐれた二人は、互いに相手が死んだと思い込んでいました。一方、レオノーラの兄カルロは、復讐を果たすため学生に変装して二人を捜索します。
・カルロの追手から逃れ、絶望したレオノーラは、男装して「デッリ・アンジェリ修道院」に辿り着きます。彼女はグァルディアーノ神父に素性を明かし、修道院近くの山裾にある洞窟で、孤独な隠者として一生を神に捧げて生きる道を選びます。
第3幕:戦場での奇妙な友情
・舞台はイタリアの野戦場に移ります。アルヴァーロは偽名で軍に入隊し、死に場所を求めて勇敢に戦っていました。
・そこで彼は偶然、暴漢に襲われていた一人の軍人を救います。その男こそ、同じく偽名を使って従軍していたレオノーラの兄カルロでした。お互いの素性を知らないまま、二人は生死を共にする義兄弟の契り(友情の誓い)を結びます。
・しかし、その後の戦闘でアルヴァーロが重傷を負うと、カルロは託された秘密の小箱から妹レオノーラの肖像画を見つけてしまいます。目の前の戦友が「父の仇」だと気づいたカルロは、彼が回復すると決闘を挑みます。
・巡回中の兵士の介入で決闘は中断されますが、自責の念にかられるアルヴァーロは剣を捨て、修道院に入る決意を固めます。
第4幕:宿命の結末
・それから数年後。アルヴァーロは「ラファエル神父」として修道院で高潔に暮らしていましたが、カルロはついに彼を捜し出します。
・激しい侮辱の末、アルヴァーロは拒みきれずに剣を取り、二人は修道院近くの山裾で決闘を始めます。決闘によりカルロは致命傷を負い、最後の祈りのために司祭を求めます。アルヴァーロは近くの洞窟の「隠者」に看取りを依頼しますが、現れた隠者はなんとレオノーラでした!
・再会を喜ぶのも束の間、瀕死のカルロは最後の力を振り絞って妹の胸を刺します。レオノーラは「天国であなたを待っています」と言い残し、息絶えます。アルヴァーロは激しい悲しみの中、神の御前で己の運命を受け入れ、静かに幕が下ります。
本作は、ヴェルディ中期のなかでも特に「魂を揺さぶる美しいメロディ」が凝縮された大作です。
以下曲名でネットを検索すると、有名なオペラ歌手が歌うそれの音源や映像を視聴できますので、オペラ鑑賞の前にこれだけ聴いておくだけでも感情移入しやくすなるかもしれません。
[1] 「”Overture”(序曲)」:ヴェルディの書いたオペラの序曲(シンフォニア)の中でも最も有名なものの一つで、劇中の様々な場面で使用されるテーマが散りばめられた名曲です。
[2] 第1幕 “È tardi”/「遅すぎるわ!」:二人は駆け落ちのためまさに発とうとした瞬間、侯爵に見つかってしまいます。アルヴァーロは敵意がないことを示すために自身のピストルを床に投げ捨てますが、その銃が不運にも暴発し、侯爵に致命傷を与えてしまいます。侯爵は娘を呪いながら息絶え、二人は混乱の中で離れ離れになってしまいます。第一幕はここで終わり、第二幕以降の復讐劇が始まります。
[3] 第2幕 “Padre Eterno, Signor, pietà di noi”/祈りの合唱「永遠の父なる主よ」 :オルナチュエロス村の宿屋。外を通りかかる巡礼たちが「永遠の父、主よ、我らを憐れみたまえ(Padre Eterno, Signor, pietà di noi)」と祈りの合唱を捧げる非常に荘厳なシーンです。宿屋の村人たちも共に祈る中、男装してカルロの追手から隠れていたレオノーラも、その祈りの声に自らの震える歌声を重ね合わせ、神の慈悲を乞います。
[4] 第2幕 “Madre, pietosa Vergine”/「哀れみの聖母」:男装して修道院の門前に辿り着いたレオノーラが、夜の静寂のなかで、恐れと孤独に震えながら聖母マリアに救いを求める大がかりなアリアです。背後から聞こえる修道士たちの低音の祈りと、彼女の高潔で切々としたソプラノの対比が鳥肌立つほど美しく、崇高な劇的効果を生み出します。
[5] 第2幕 “La Vergine degli angeli”/「天使の中の聖処女よ」:修道院近くの洞窟で、女であることを捨てて一生隠者として生きる道を選んだレオノーラ。グァルディアーノ神父と修道士たちが、彼女の魂の平安を祈り、神の加護を厳かに、そして静かに優しく歌い上げます。レオノーラの美しい崇高な歌声がそれに寄り添い、聴き手の心を深く浄化する、本オペラ屈指の「祈り」の名場面です。
[6] 第3幕 “O tu che in seno agli angeli”/「おお、天使の胸に抱かれている君よ」:レオノーラとはぐれたアルヴァーロは、身分を偽ってイタリア駐屯中のスペイン軍の士官となります。夜の戦場で、アルヴァーロが死んだと信じ込んでいる恋人レオノーラを想い、身の上を嘆くテノール屈指の難曲です。インカの王族としての誇りと、過酷な宿命への呪いが、クラリネットのあまりにも切ない哀愁を帯びたソロを伴って歌い上げられます。
[7] 第3幕 “Solenne in quest’ora”/「この厳粛な時に」:カルロとアルヴァーロは同じ軍隊に属し、友として戦いに臨む中、アルヴァーロは瀕死の重傷を追い、自分が死んだら自分の持ち物を燃やしてくれとカルロに頼むシーンです。
[8] 第4幕 “Pace, pace, mio Dio”/「神よ、平安を与えたまえ」:レオノーラが隠棲する洞穴の前で、アルヴァーロへの変わらぬ愛と、この世では報われぬゆえ死によって平安を得たいという願いを歌います。この時彼女は、近くでアルヴァーロとカルロが決闘をしていることを知りません。イタリア語の「pace」は、英語でいう「piece」で「心の平安」を意味します。冒頭の「Pace… (平和を…)」という、ppp(ピアニッシッシモ/極めて弱く)からff(フォルティッシモ/極めて強く)へとクレッシェンドしていく第一声だけで、客席の空気を一変させる名曲です。
前段にて、初演時の内容が凄惨過ぎて不評だったと記載しました。
原作となった戯曲は、当時のスペイン・ロマン主義の頂点とされる作品でしたが、1862年の初演では、アルヴァーロは人類への呪いを吐きながら崖から身を投げて自殺する、という結末でした。
同時代、幕末・明治維新の日本でも、白虎隊(1868年)、武市半平太(1865年)、田中新兵衛(1863年)、堺事件(1868年)など、自身の思いを遂げられなかった多くの先人たちが自害・自刃していた頃です。
しかし、カトリック(キリスト教カトリック教会)の影響が強いイタリアなどではこの結末が過激すぎて受け入れられず、ヴェルディは新たに台本作家に迎え改訂を行いました。カトリックでは、命は神から授かったものであり、人間はそれを管理する立場にあるため、自分で自分の命を絶つ自殺を禁じています。結末を「アルヴァーロがキリスト教的な救済と神への服従を受け入れる」という宗教的な昇華へと変更したことで、現在の傑作が定着しました。
オペラは単なる音楽作品と捉えられがちですが、我々がどういった価値観、世界線から作品と向き合うかによって感じ方や評価も変わるかもしれない、と考えると面白いですね。
もし『運命の力』が面白そうだなと思ったら、音楽や映像を調べてみたり、劇場に足を運んでみてください。
※ 本記事は、初めてオペラに触れる人たちが、オペラのストーリーを「他人事」ではなく「自分事」として捉えられるよう、考えかたのヒントを提示するものになります。このため何が正解かを追求することよりも、様々な解釈ができることを楽しみ、他の解釈も尊重して頂きたいと考えています。多様な解釈の存在は多様な演出にも繋がります。その上で、ストーリーや解釈の上に乗って押し寄せてくる素晴らしい音楽を楽しんでください。それが皆さんにとって良い経験となるようでしたら、是非周りの皆さんとも共有して頂けるとありがたいです。
【参考文献】
『オペラ大図鑑』アラン・ライディング、レスリー・ダントン・ダイナー 河出書房新社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック『イタリア・オペラ(上)』 音楽之友社
『Opera オペラワンダーランド』ぴあ株式会社
『世界史でたどる名作オペラ』 西原稔 東京堂出版
『ヴェルディ』小畑恒夫 音楽之友社
『運命の力』 Wikipedia
